映画館で『国宝』を観ました。
上映時間
175分
オススメ度
星5点満点中:★★★★★
ストーリー
任侠(にんきょう)の一門に生まれるも数奇な運命をたどり、歌舞伎役者の家に引き取られた喜久雄(吉沢亮)は、激動の日々を送る中で歌舞伎役者としての才能を開花させる。一方、彼が引き取られた家の息子・俊介(横浜流星)は名門の跡取りとして歌舞伎役者になることを運命づけられ、幼いころから芸の世界に生きていた。境遇も才能も対照的な二人は、ライバルとして互いに切磋琢磨(せっさたくま)し合いながら芸の道を究めていく。<シネマトゥデイ>
感想
日本映画史に残る大傑作。
本作は2025年6月に公開されるや初登場は3位と奮わず。しかしそこから驚異のロングランを見せ、5ヶ月後の11月には実写邦画歴代No.1記録を持っていた『踊る大捜査線2 レインボーブリッジを封鎖せよ』を抜いて首位の座に躍り出ます。そして歴代記録を塗り替えたこともあって口コミが口コミを呼び、半年以上が経過した2026年1月第1週でも週間ランキングで4位の座につけています。
僕自身も長らく「イチ映画ファンとしては、歴代記録を塗り替えた作品はさすがに劇場に観に行かなければ」と思いつつも、上映時間が3時間あることと、題材が歌舞伎であることから二の足を踏んでいました。
しかし先日2026年の年明け直後に重い腰を上げて行ってみると、これが邦画史上に残る大傑作であると分かりました。
いかにもつまらなさそうな予告
今から半年前に初めて『国宝』の予告を観たときは「こんな芸術映画、誰が観るんだよ」と思っていました。
どうせまた映画のことを「芸術」と捉えている監督が「日本文化の記録」という一面により文化庁から補助金をもらってやってるんだろうと。重厚感を出すために引き画長回しを多用してかったるい演出をするでしょう。コケても「これは芸術映画なんで」と言い訳をするタイプのやつと高をくくっていました。
先述の通り上映時間は3時間あるし、若者にはウケない(というより興味がない)歌舞伎をテーマにしている。メインターゲットになるであろう高齢者層には上映時間3時間がネックとなり客足は遠のくし、リピートも見込めない。それに主演の吉沢亮×横浜流星はそれぞれ大河で主演を張ってはいるものの、高齢者層からの食いつきはないでしょう。一方若年層からすると亮×流星目当てで歌舞伎を見せられるのはツライ。
自分がプロデューサーだったら「高齢者を中心に確実に観客に訴求していって、まずは制作費回収の20億が目処。頑張れば上限の40億もギリッギリ狙えるかも」と考えていたと思います。ところが蓋を開けてみるとまさかの200億円近い大ヒットとなるわけですから興行とはよく分からないものですね。
3時間分の的確な内容量
よく面白い映画を評するときのフレーズとして「上映時間の○○時間があっという間だった」という言葉が使われますが、本作『国宝』は良い意味であっという間ではありませんでした。人間国宝になる男の50年間を描いた年代記のため、中身は非常に濃厚(重厚ではない)であり、キッチリと3時間分の内容量を届けられた気分です。言ってみれば高級フルコースをこちらの胃の容量ギリギリになるまで的確に食べさせてもらった気分ですね。昨今映画の鑑賞料も2000円まで上がっていますが、ちゃんと2000円を払っただけの価値があります。
中身が重厚ではなく濃厚と書いたのは、本作が観客を楽しませるために展開がジェットコースターのようなアップダウンを繰り返すのと、その内容が割と俗っぽいというか、ものすごく悪い言い方をすると一昔前に流行した携帯小説のような展開を見せるからです。ただし撮影方法や役者の演技が日本最高峰のものなので、普通に見ている限りは「俗っぽい」という感情は抱きません。「山あり谷ありのドラマだな」と純粋に楽しめます。
鑑賞前は自分に歌舞伎の知識が全く無いので話が分かるか不安でしたが、本作はあくまでも「血」とは何かを描く人間ドラマであり、歌舞伎自体はそこまで重要ではありませんでした。血を描くためには人種をテーマに据えるのが一番わかりやすいですが、それだと『血と骨』になってしまうので、今の日本で一番分かりやすく「血」を描けるのは歌舞伎を選んだのでしょう。まぁそれに下手に人種問題を扱われると観る方も変な罪悪感を覚えてそこまで映画にのめり込めないですしね。
僕は日本の映画で嫌いな要素が3つほどあります。
- 明らかに制作費が足りなかったのだろう分かる貧乏くさい画
- 役者の肌をきれいに見せるためだけにすべてに光を当てて、遠近感のない照明
- 明らかに不自然ながらもすべてを説明しようとするセリフ
これらが『国宝』ではことごとく排除されていました。
本作は1964年から2014年の50年を描いているため、大半のシーンが昭和・平成初期となります。当然のことながらあの時代の風景や建物、衣装を用意せねばなりませんが、お金がないためにあの時代を再現できていないということはありませんでした。まぁ主演の二人がイケメンすぎて「あの時代にこんなイケメンいるわけないだろ」というのはご愛嬌ですが。ましてや本作は歌舞伎がテーマなわけですから、歌舞伎のシーンなど役者も揃えないといけないし、衣装だって舞台だって相当な予算が必要です。でも本作を観ている間はすべてのカットが「金がかかってんなぁ」と思わせる仕上がりです。
歌舞伎を描きながらも下手に芸術的な撮り方をせず、割と俗っぽいカット割や照明、細かいカットを多用していたのも良かったです。通常歌舞伎をテーマにするとなると観客席正面から長々とロングで撮りそうなものですが、本作はそれがなかったですね。中には「もう少し正面から歌舞伎のシーンを撮っても良かったのでは?」という声も上がりそうですが、それをやったらやったで中だるみしかしないので、現在の編集で正解だったと思います。
血をめぐる運命
さて、本作の面白さは「血」をめぐって展開されるドラマです。
若干のネタバレを含んで解説していくのですが、本作の主人公・喜久雄はヤクザの組長の息子として生まれながらも色々な巡り合わせから歌舞伎の世界に魅せられていきます。芸能一家であったわけでもない喜久雄が歌舞伎の才能を持ち合わせていたのも、それはヤクザという「かぶく」世界の組長の血を引いていたからでしょうか。そして外様ながらもめきめきと頭角を現すも、後にヤクザの組長の息子であることが週刊誌にすっぱ抜かれ、足を引っ張られてしまうのもやはり「血」が原因となります。
一方でもう一人の主人公である俊介も言わずもがな血に踊らされる人物です。歌舞伎役者の息子として生まれ、小さい頃から歌舞伎をやらざるを得ず、また父と同じ才能を求められ、その重圧に苦しめられるのも、これまた「血」が原因です。後年、俊介も文字通り「血」によって体を苦しめられることになるわけですが、「血」は時に人を助けると同時に苦しめる要素でもあるのです。
こうした「血」を巡るドラマや驚くような展開が抜群のタイミングで最初から最後まで提供されるので3時間退屈することがないんですよね。
雑誌のインタビューで制作者が「昨今のショート動画に慣れた若年層を意識した」と答えているものがありますが、企画を立ち上げた時期を考えるとショート動画もそこまで流行っていたとは思えないのでリップサービスも多分に含まれているでしょうが、それでも観客の集中力を切らさないようにドラマを構成したことは伝わります。
近年稀に見る役者陣の好演
特に主演の吉沢亮の好演は素晴らしかった。
一人の男が歌舞伎役者として隆盛を極め、一度は没落し、また返り咲く50年に渡るその一生を見事に演じきりました。本作を観た人間であれば誰もが名シーンとして上げるであろう屋上で踊るシーン。かつては歌舞伎役者として名を挙げ、多くの人間から注目を浴びてきた自分が、今ではドサ回りで誰からも気に留められることもない。その男がかつての歌舞伎の舞台を思い出しながら踊るあの悲哀に満ちたシーンはとても素晴らしかったです。
歌舞伎のシーンも、自分は素人なので良い悪いは判断がつきませんが、それでも違和感であったり下手だなと思うことはありませんでした。歌舞伎など細部にまで所作を気遣わなければならないので、下手さは割と簡単に気づきそうなものですが、少なくとも僕は何とも思いませんでしたね。
本作の撮影が終わって気が抜けた吉沢亮は、酔って自宅マンションの隣の家のトイレに侵入してしまったそうですが、そりゃこれだけ大変な撮影をやりきればトイレぐらい入ってしまうでしょう。
最後にここからネタバレ。
僕は基本的に「よほど強い意志がない限りは映画は全部ハッピーエンドにしておけ」派なのですが、本作はもう少しビターな要素を残しておいても良かったんじゃないかなぁと思います。
ラストで隠し子である綾乃から
私はあなたのことを父親だと思ったことはありません。あなたがここまでたどり着くまでどれだけの人が犠牲になったと思いますか。
けどな、うち普段の花井半二郎見たらなんやお正月迎えたような、いいこと起こりそうな、何もかも忘れてこっちおいでって誘われるような、見たことないところ連れて行ってもらうようなそんな気持ちになるねん。気付いたらめっちゃ拍手してたわ。
お父ちゃん、ほんまに日本一の歌舞伎役者になったね。
という言葉をかけられるのですが、これだとちょっと喜久雄が赦されすぎだと思うんですよ。ここはセリフの順番を入れ替えて「お父ちゃん、ほんまに日本一の歌舞伎役者になったね。でもあなたがここまでたどり着くまでどれだけの人が犠牲になったと思いますか。それだけは忘れないでください」としていたら「人間国宝になるぐらい芸を極めようと思うと、あらゆるものを犠牲にしなければならないのだ」という深みのある話になったのになぁと思いました。
