体験談 勉強記録

怠け者サラリーマンが1日1時間勉強を3年続けてみたら年収が150万円上がった話

 2018年4月15日。人生の行き詰まりにより心の底から自分を変えたいと思い、毎日1時間以上勉強することを決意した日。そこから3年2ヶ月。本当に疲れ切って寝落ちしてしまった2~3日以外は毎日1時間以上勉強を実施し、トータルの勉強時間は1690時間を超えました。当初は副業による年収の増加を目指しておりましたが、紆余曲折を経て大手企業に転職し年収を150万円上げることを心に決め、勉強を継続。

 途中幾度となく心が折れそうになりながらも何とか転職活動を続けてみると―

 

 遂に大手家電メーカーへの内定が出て、処遇についても当初からの目標通り150万円アップとなりました!!

 

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 今まで半年ごとに記録していたこのシリーズも7回目となる今回で大団円を迎えることが出来ました。

 この3年間あらゆることに挑戦し、そのたびに壁という壁にぶつかり、何一つスムーズに進まなかった勉強生活。挫折を繰り返して、それでもどうにか自分を奮い立たせて、新しい活路を見つけてなんとか乗り越えてきました。高校時代は3年間合わせて100時間も勉強していなかった劣等生が社会人になってから1690時間も勉強するようになるとは思ってもいませんでした。

 本ブログでは定期的に勉強記録をアップしてきましたが「そもそもなぜ勉強を始めようと思ったのか」というコアの部分はあまり語ってきませんでした。なので今回は無事転職も成功したということで3年間の振り返りとともに勉強を始める切っ掛けであるとか、どうやって忙しいサラリーマン生活を続けながらも毎日最低1時間以上勉強してきたのかについて書いていきたいと思います。

Fラン私立文系大学出身の劣等生

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 高校時代、勉強に対してやる気が全く起きず3年間合わせて100時間も勉強しなかった僕は当然のごとくFランの私立文系大学に入学することになります。勉強はしないものの、意識だけは高かった僕は大学在学中から数多くのビジネス書や自己啓発書を読んで「このままではダメだ。自分を変えなければ」と思い簿記やTOEICの勉強をするものの、結果はからっきし出ず、それでいて新しいことに次々と挑戦しては早々に諦めるのでした。

 部活もサークル活動もせずただ家でゴロゴロしているだけでも時間の経過というものは非常に早く就活の季節となりました。そもそもFラン大学出身な上に実績もなにもない僕は就活がうまくいくとも思えず、大学の就職課が勧める企業を言われるがままに受けに行き、その流れで中小の家電メーカーの事務職に就くことになります。

 そこではエンジニアさんたちが作った製品を国内で販売できるようお役所に届け出を出すという仕事をしていたのですが、これが非常にブラックな環境で、サービス残業100時間は当たり前。特に新卒1年目は研修期間の2ヶ月以外は平日に4時間以上寝た記憶が無いという有様でした。それでも「Fラン大学出身の自分が新卒で入った会社を3年以内で辞めてしまったら他に行けるところなんて無くなってしまう」と思い、最低でも3年はやろうと思ってなんとか歯を食いしばって仕事を続けたのでした。

 当時は家に帰ってもあまりにも疲れすぎてご飯を食べるのも億劫になり、一時は体重が48kgまで落ち込むほど。そんな過酷なハードワークにより会社からは「お前には期待しているよ」と甘い言葉をかけてもらえるものの給与には全く反映されず、結局事務職をやめるまでの3年で昇給はわずか数千円という有様だったのでした。

 そんなハードワークをこなす一方、休日は「この先の将来のことを考えたくない」という現実逃避もあって一日中友人と朝から晩まで遊んでいました。当時は街コンや相席屋やマッチングアプリがちょうど隆盛していた頃で、そういったものを使いつつ友人と名古屋の女の子のお尻をひたすらに追いかけ回していたものです。

 もともと非モテで女の子ともうまく話せなかった僕も社会人として色んな立場の人と話したり街コンなどで色んな女の子と話していくうちにトークも上達してくるというもので、学生時代には絶対に無理だったようなカワイイ子にも相手をしてもらえるようになりました。

 ですがそうやって経験値を積めば積むほど、ある現実に直面します。それは「女の子は自分よりスペックの低い男を好きになれない」という現実です。確かに色んな女の子と話していくうちに初めて出会ってからの数時間までの小手先のトークはうまくなっていくでしょう。
 しかし最初はうまく取り繕って良い関係になったところで長い時間一緒にいれば必ず「本当の自分」が露呈していってしまいます。すると当初は自分に価値を感じてくれていた女の子も「なんだ、あんたそれっぽっちの男だったのね」と去って行ってしまいます。出会いに奇跡はあっても恋愛はただひたすら現実しかありません。こういった経験を繰り返すうちに自分の中で段々と「このまま将来のことを考えずに遊んでばっかりいてもダメなんだよな・・・」という想いが芽生えてくるのでした。

 そういった思いを抱えながらやはりいつもと同じメンバーで遊んでいると、偶然バーで一人の女の子と出会うことになります。話を聞いてみると向こうはかなり高給取りな仕事をしているらしく、周りもハイスペックな男で溢れているとのこと。この時点で僕に勝ち目はないと思い、後先のことは考えずただひたすらに楽しくお酒を飲んで場を盛り上げることに注力していたらそれがどうやら向こうには "刺さった" らしく、その後も何回か一緒に遊ぶ仲になったのです。見た目は今まで出会ってきた女の子の中で圧倒的とも言えるほどかわいく、それでいて性格も全く驕ったところがない。僕は心底彼女のことが好きだったのですが、今までの経験からどうやってもこの関係が長続きする光景が見えなかったのです。

 

 案の定、僕は彼女にあっという間に振られてしまいました。

 

このままではまた同じことが起こる

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 彼女に振られてしまったことは悲しかったですが、正直悲しさよりも「やっぱりね」という感情のほうが大きかったです。最初からスペックに圧倒的な差があって、そもそも何回か遊んでもらっただけでも奇跡のようなものです。
 とはいえ頭の中でグルグルと色んな考えがよぎり、以前と同じようには休日に友達と名古屋の街で遊べなくなりました。ひたすら毎日家と職場の往復して寝るだけ。でもいつも考えた先に行き着く結論は同じでした。

 

 スペックを根本的に変えなければ、今度いいなと思う子に出会えてもまた同じ結果になるだけだ。

 

 今までの僕は現状に対してひたすら文句ばかり言い、何一つ努力らしい努力をしてきませんでした。もちろん運が悪くて結果が出ていない部分もありましたが、それをひっくるめても運が悪かろうが何があろうが、自分のスペックを変えないことにはこの現状を打破できないのです。

 学生時代は自己啓発書に影響されて毎晩鏡の前で「お前は自信に満ち溢れた男だ」と10回ぐらい言ってみたり、朝起きたら自分のなりたい人物像をノートにこれまた10回書くなど、色々な自己暗示をかけてみました。でもそんなことをやっても自分に自信などつくわけがありません。なぜなら根拠がないから。
 「自信は実体のないものだから持とうと思えばいつでも持てる」なんて言われますが、実体がないからこそ根拠がないとここぞという時にもろく崩れ去ります。そんな胡散臭い自己啓発書に影響されて鏡の前で念仏を唱えるぐらいなら、実際に机に向かって努力して、自信を持てる根拠を作らなくてはいけません。学生時代は時間が腐るほどあったのに僕は全くと言っていいほど勉強ができなかった。だから「残業が100時間以上あるから勉強できない」じゃない。時間があってもやらなかったんだから、時間がない今でもやるしかない。

 そして自分の年収を上げるという意味でも事務職は非常に不利な職業ということです。事務職は成果物が出ない職業なので、自分の実績を客観的に証明するのが非常に難しい。それゆえ給与交渉も出来なければ市場価値も上がっていきません。市場価値が上がらず転職できるアテもないとなれば企業はこちらの足元を見て給与を上げるわけがないのです。だから年収を上げようと思うと成果物が出て、かつ、スキルもポータブルになるものをやらなくてはいけません。

 残念ながら恋愛も仕事も「あなたのために一生尽くします」という誠実な態度は相手から評価されず「俺はいつでもよそに行けるけど、お前はどうする?」という不誠実な態度の方が評価されてしまうのです。スキルがなく、お金を生み出す力がなければ永遠に低い賃金に甘んじたままになってしまいます。

 ではこれから何の仕事をやってスキルを身につけるか。

 当時の僕はとにかく失敗することを避けたかったので、時間さえかければ必ずできるようになるソフトウェア開発をメインとしたエンジニアになることにしました。C言語なりJavaなり、ひとたび一つの言語を覚えてしまえば、同じ言語を使っている現場であれば即座に仕事ができるのでスキルがポータブルになります。ソフト開発はこれからも確実に需要が伸びてくる領域なのに、人手不足が叫ばれているので、僕のような未経験でも頑張って勉強すればより多くのチャンスを掴めます。

 そこで僕は今の現場と同じ製品を扱っている同業他社に転職し、そこで家電製品を作る組み込み系エンジニアになるのでした。

 また本業でエンジニアになるとともに筋トレにも励むようにしました。僕は体重が一時は48kgになるほどの痩身体型。自分のやせ細った体が昔から嫌で仕方がなく、夏場でもTシャツ一枚になることが出来ず、常に上に一枚何かを羽織っていました。でもそういったコンプレックスを常に抱えた様子が自分を弱く見せてしまうのでしょう。ですので目標として15kgアップさせ、筋トレによって筋肉質な体になり、夏場でもTシャツ一枚がバシッと決まる体になれるよう決意しました。

 

 年収を上げ、筋トレをすることによってスペックを上げ、自分に自信のある男になるのです。

 

勉強のやり方を根本的に変える

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 組み込み系エンジニアに転身して、いわゆる "エンジニア"界隈" に足を踏み入れてみると、事務職の時には見えなかったエンジニア業界の姿が見えてきます。特に僕がスペックを上げること決意した2018年当時はWeb系転職ブームとも言えるムーブメントが巻き起こっていて、当時はTwitterでも多くの人が「#駆け出しエンジニアと繋がりたい」というハッシュタグとともに(Web系)エンジニアに転身しようとしていたのを鮮明に覚えています。

 Web系は組み込み系と違って現物を動かす必要がなくPC1台あれば仕事ができてしまう。それゆえ副業やフリーランスとして仕事を請けやすいのでした。当時僕は組み込みエンジニアに転身したばかりですが、こういった世の中のムーブメントを見て副業としてWeb系言語をやることにしました。人手不足でこれからも需要が伸びてくる組み込み業界に軸足を置き、副業のWeb系でしっかりと稼ぐ。そうすることで本業でも「僕は副業のWeb系で稼げているので、給料を上げてくれないなら辞めますよ?」と交渉できるようになりたかったのです。

 本業をやる傍らWeb系に取り組むわけですから、当然仕事が終わった後に家で勉強する必要があります。となると今まで幾度となく勉強に失敗してきているわけですから、勉強の仕方を根本的に変えなくてはダメだと思いました。

 そこでまずは僕の失敗パターンの最たるものである「目標からブレイクダウンし、1日にやるべき勉強量を決める」ということを辞めました。どの目標達成術や習慣術の本を読んでも決まって「まずは目標を立てましょう」と書いてあり、それに従って僕も勉強を進めようとしたのですが一度たりとも成功したことが有りません。目標ブレイクダウン方式であれば最初こそうまくいっても途中で残業が入ったり、思ったより理解が進まず予定よりビハインドが出てしまうとそこを取り返すのに通常より高めの負荷が継続的にかかることになってしまい、それも長期に渡ってしまうと嫌気が差してすべてを投げ出してしまう。そこで僕は「毎日確実にできる勉強時間からゴールを決める」ということをしました。

 具体的に言えば毎日最低一時間勉強する。一時間であればどんなに忙しいサラリーマンであっても確実に時間が捻出できるはずです。逆を言えば一時間も捻出できないのであればそれはまず勉強以前の問題です。とにかく何があっても毎日最低一時間勉強し、それ以上は無理をしない。一時間をコンスタントに勉強できれば一年後にはそれなりにWeb系言語もできるようになってるでしょう。

 無理をしないことと同時に「意志の力に頼らない勉強法」を意識しました。よく勉強が続かない人は仕事が終わって家で作業に取り掛かろうと思ってもうたた寝をしてしまった時「あ~なんで寝ちゃったんだろう。明日は頑張って寝ない」というような意志の力に頼った解決策を求めてしまう傾向があるのですが、そこは「今日うたた寝してしまった対策として、明日は帰ったらすぐシャワーを浴びてコーヒーを飲む。そうすることで眠気を防ぐ」とあくまでも具体的な行動に解決策を求めるようにしました。解決策を意思の力に求めてしまうと、翌日はなんとかなるかもしれませんが、それ以後もずっと不安定な「意志の力」というものに頼らざるを得なくなってしまいます。そうではなくて「システムとしてどうやったら自動的に勉強ができるようになるか」を考えるのです。

 そうして実際に勉強を開始するのですが、ここで僕はまず「1日1時間、机に向かう筋肉」をつけることにしました。いきなりWeb系の頭を使うプログラミングを勉強するのではなく、まずは確実に1日1時間机に向かえるようになる。そこで1時間中、前半30分はExcelのグラフ作成のトレーニング、後半30分はポエムまがいの仕事の振り返り日誌をつけることにしました。
 疲れてどうしても集中力が続かないときはスマホを触ったりテレビをながら観したり、音楽をつけながら勉強しました。社会人が好きでやってる勉強です。形はどうあれ机に向かいさえすれば何かしら成果は出るはずで、形にこだわって勉強自体を投げ出してしまったら元も子もありません。

 今振り返ると勉強開始当初にExcelと振り返り日誌を付けたのは正解で、特にExcelのグラフ作成トレーニングは勉強したことがそのまま実務に活きたので、ここで「勉強すれば自分の仕事が楽になる」という成功体験を得ることができました。

 こういった生活を2~3ヶ月ほど続け、苦労することなく1日1時間机に向かえるようになったらWeb系言語の開始です。これも最初はものすごく低いハードルから開始して、Web系言語の初心者向け学習サイトのProgateからドットインストール、TechAcademyと徐々に負荷を高めた勉強をしていきました。

 いくら慣れがあるとは言え、それでも1日1時間勉強するのはなかなか大変で、日常のあらゆることを効率改善し、なんとか時間を捻出しました。特に家事ではオーブンレンジ、食器洗い機、乾燥機能付き洗濯機を導入したことが大幅な時間の節約になりました。オーブンレンジを使えばワンボタンで野菜炒めもできてしまうので料理をする手間が省けますし、ガスを使わないのでコンロも汚れない。食器洗い機は機械に食器を入れるだけで後はすべて全自動でやってくれる。乾燥機能付きの洗濯機のおかげでわざわざベランダまで干しに行く手間がなくなった。基本的に家電製品がやれることはすべて家電製品に任せることで、時間を節約していきました。それでいて家電だけでは拾いきれない日常の小さな家事も「どうやったらこの手間を省けるだろう」と徹底的に考えることで、数秒単位で余暇時間をかき集めていきます。

 同時に開始した筋トレも最低でも週3回以上は通いましたが、こちらもひとたび慣れてしまえば勉強の良い気分転換になりました。勉強を続けて鬱屈した気分になったときはジムに行ってベンチプレスを限界まで上げ下げして、サウナからの水風呂に入れば気分がカラッと爽快になるんですよね。
 そしてなんとなく始めたブログでの勉強記録ですが、こちらも自分が今までしてきた勉強内容を第三者に伝える形で再度見つめ直すのでPDCAの良い機会になりました。勉強の失敗談や成功談を記事として残しておくとあとから振り返れるので非常に有益なのです。

 

誰にでも理解できる実績

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 そうやって年末年始も一人暮らしの部屋で黙々と勉強していると、Web系言語のスキルが徐々に身についていきました。

 とはいえ自分のスペックを上げることを決意してからというもの、友達からの遊びの誘いは一切断ってきたため、そろそろ精神的にも限界でした。どこにゴールがあるかもわからない中での勉強は孤独で寂しく、辛い。冬の寒さは独り身にはとてもよく滲みます。僕は勉強開始と同時にStudyplusと呼ばれる勉強記録SNSにも登録していたのですが、相互フォローの方も最初は50人ぐらいいたのが1年後にはわずか10人となってしまいました。

 ただ、そうこうしているうちに勉強時間も1年で500時間を超え、TechAcademyの学習カリキュラムを終えたことで簡単なWebサイトなら作れるようになりました。そこで僕は自分の市場価値を確かめるためにも一度転職活動をしてみることにしました。

 転職エージェントに登録してみると、エージェントからはまず組み込み系で大手企業を受けてみるよう勧められました。というのも当時は組み込み業界が活況で、Web系だと未経験扱いになってしまいもったいないとのことでした。その言葉に従い僕は一旦組み込み系で大手だけ受けに行ってみることにしました。

 エージェントに言われるがまま大して準備もせず大手を受けてみると、これがことごとく空回りする。エンジニアであれば多くを語らなくても自分のスキル感が伝わるかと思ったのですが、意外と伝わらない。今担当している家電と全く同じ製品を別の企業でやるならある程度は通じるのかもしれませんが、少しでも製品が異なれば「あなたが今保有しているスキルは弊社でも通用すると思いますか?」と問われた時に自信を持って回答することができません。そうしているうちにとある大手企業の面接では部長から「具体的に君に何が出来るのかサッパリ伝わってこない」と一刀両断されてしまいました。

 傷心している最中、かつての友人たちから電話がかかってきました。話を聞いてみると僕以外のメンバーで久しぶりに集まって飲んでいて、話のはずみで僕に一度電話してみようということになったそうです。

 友人「お前今何してんの?」

 僕「年収を上げるためにプログラミングの勉強をしてるよ」

 友人「へぇ、それで年収上げれたん?」

 僕「・・・いや」

 友人「じゃあ何が出来るようになったん?」

 僕「簡単なWebサイトなら作れるようになったわ」

 友人「じゃあそれ見せてよ」

 僕「いや、みんなから見れるようにはしてないから」

 友人「・・・お前ほんとに何やってんの? なんか最後に会ったときから全然変わってる感じしないけど、家で引きこもってるだけじゃねぇの?」

 

 僕は何も言い返すことができませんでした。確かに僕はこの1年間、毎日1時間という短い時間ではありますが真剣に努力をしたものの、その努力量が他人から見て一発で分かるような実績を何一つ残せていなかったのです。
 友人から見ればそれまで一日中女の子のお尻を追いかけ回して、いっとき一人の子に執心したかと思えば、「俺はスペックを変える」と言い出して一切飲みにも顔を出さなくなる。そして久々に電話をしてみれば何やってるかよくわからない上に実績を何も出して無いようでむしろ前より状況は悪化しているようにさえ思える。

 ここで僕は「たとえどれだけ自分が努力しようとも実績を挙げれなくては意味がないし、その実績も確実に相手に伝えられなくては意味がない」と痛感しました。

 

達成すべき3つの目標が決まる

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 1年間Web系言語を勉強し、そしてTechAcademyなどに20万円以上費やしてきて分かったのが「僕はWeb系には向いていない」ということです。僕にはどうやらデザイン的なセンスがなく、ユーザーにとって見やすいデザインのWebサイトを作るのはたまらなく億劫なのです。

 そして副業としてWeb系開発を行うということですが、やはり本業の片手間ではまともに仕事を請けることができません。この1年かなり真剣に勉強しましたがそれでも500時間が限界。もし本業で仕事をしていれば3ヶ月にも満たない労働時間です。これではまともに収入を得ることはできない。

 だからまずは本業である組み込みエンジニアに注力することにしました。それこそ組み込み業界以外の人間でも一発で理解できるような実績を挙げ、誰もが知る大手企業に転職する。そして年収を150万円上げることを決意しました。

 そこで僕は誰にでも理解できる実績として、3つの目標を決めました。

1.電子工作の作成:自分の組み込みスキルを現物として理解できるようにする。

2.教育マニュアルの作成:組織に貢献する意欲があると証明する。

3.TOEIC860点突破:海外での勤務が可能となると同時に、自分の努力量を証明する。

 

本格始動する勉強

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 やることさえ決まればあとはそれに向かって進むのみ。

 まずは『電子工作』に取り組むわけですが、本業で組み込みエンジニアをやっているからと言って自然と電子工作も出来るかと言ったらそういうわけではなくて、電子工作は電子工作で作り方を勉強しなくてはいけません。

 Web系の勉強でそれなりにお金を使ってしまった僕はこれ以上出費をしたくないと思い、あることを考えつきます。それは会社に電子工作を勉強するためのお金を出してもらうのです。

 部長が以前から弊社の新人研修プログラムを改革したいと考えていると聞いていた僕は早速企画書を作り上げ、部長に向かって「僕をプログラミングスクールに通わせてください。そこで教育カリキュラムを手に入れて、新人のための教育マニュアルを作ります!」とプレゼンをしました。そうすることで僕はスクールに通って技術力が上がり、会社としては格安で教育マニュアルが手に入り、これから入社してくる社員はマニュアルのおかげで即戦力になれると三方良しのプランだと力説したのです。

 メーカー事務職時代に培ったプレゼンスキルで見事予算を勝ち取った僕はそこから半年以上に渡って毎週末プログラミングスクールに通い、見事に電子工作ができるようになるのです。とはいえ電子工作が出来るようになったと言えど、自分の頭でワンパッケージのシステムを作り上げて、それを実装するのは至難の業。どうやったら自分のスキルを余すことなく電子工作に詰め込めるかを考えるのにも腐心しましたし、いざ実装するとなっても中国の安いパーツを使っていたため電流が流れず、原因を探るだけで20時間もかかってしまいました。スクールで教えられながら電子工作をするのは楽ですが、自分ひとりで作るとなるとトラブルが起きたとき自力で解決するしか無いから大変なんですよね。特に電子工作の場合はソフトが悪いのか、マイコンが悪いのか、ジャンパー線が悪いのか、接続先の部品が悪いのか、その切り分けが非常に難しい。でもそうこうしているうちにスクールに通い始めてから200時間ほどでまず『電子工作』が完成しました。

 続いては『教育マニュアル』の作成ですが、こちらは非常に簡単でした。スクールで手に入れたカリキュラムをベースに、自社に合わせたコンテンツを盛り込んでいく。自分が組み込みエンジニアになったころにつまづいたポイントなどを丁寧に解説し、こちらは100時間ほどで完成しました。

 ここまでで『電子工作』『教育マニュアル』が完成し、残りは『TOEIC860点』。
 これが長かった。

 英単語を暗記するのは得意で、勉強を始めた当初からTOEIC500点程度はあったものの、長丁場になることを覚悟した僕は家で勉強するだけでなく通勤の行き帰りや会社の昼休みなど、とにかくスキマ時間をかき集めて勉強に取り組みました。そうして1年ほど勉強したところで「そろそろTOEIC860点突破を狙えるぞ」と思ったところでコロナ禍での無期限の試験延期です。

 これには本当に参りました。この時点で勉強生活を2年以上続けていて、精神的にもだいぶ追い詰められていました。Studyplusの同志も遂に5人まで減り、あの頃一緒に勉強を始めた仲間は10分の1になってしまいました。勉強も慣れこそすれ、決して楽にはならず毎日なんとか1時間以上勉強するという有様です。いつになったら試験が再開するのか分かっていれば心も多少楽になりますが、先の見えない中でのモチベーション維持は本当に大変でした。

 そして半年にも及ぶ延期の後、試験の再開がアナウンスされます。早速申し込み、受験するとスコアはなんと855点! あと1問というところで涙をのみます。とはいえ目標に確実に近づいていることを知れた僕は更に勉強を重ね、翌月も受験すると… またしても855点。これには本当に落ち込みました。なぜあとたった1問が取れない。ひとしきり落ち込みながらも、それでもやるしかないと自分を奮い立たせ、再度受験すると三度目にして875点が取得できるのです。

 

 これで遂に『電子工作』『教育マニュアル』『TOEIC860点』が揃います。

 

 実は少し前から教育マニュアルを作成したことが社内でも評価され、部長から「他にマニュアルを作るのであれば予算つけるよ」と言ってもらえました。そこで僕は前々からやりたかった「Excelマクロ」の勉強をするのです。これまた100時間ほど勉強したところスキルが身につき、実際に現場でも500時間ほどの工数削減に成功しました。工数削減であればどこの業界の人間でもその凄さが理解できますし、ExcelはIT業界であればどこの現場でも使っています。これでまた一つ、ダメ押しで実績を挙げることができました。

 

万全の面接対策

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 前回転職活動をしたときの失敗として「事前に準備を全くしなかった」という事柄が挙げられます。当時はエージェントに急かされたということもあったし、自分としてもあまり乗り気ではなかったのですが、とはいえ僕は面接にアドリブでスラスラと答えられるタイプでないということが分かりました。それにSPIも対策本を1冊やった程度じゃ全く歯が立ちません。

 そこで今回は面接対策として「面接 質問」とGoogle検索してそこに出てくる質問を100個ほどピックアップして、回答を用意します。さすがに100個も用意していればどんなことを聞かれても全く答えられないことはないでしょう。仮にもし答えられないような質問が飛んできたとしてもそれは100個も解答を用意して答えられないものなので、答えられなくても仕方がない。
 SPIも対策本を4冊やる。それなりに売れている対策本を4冊もやれば前回のように問題に対して全く手も足も出ないということはなくなるはずです

 更には面接対策のダメ押しとして今まで自分がどういう仕事をしてきたか、そしてどんな実績を挙げてきたかを説明するポートフォリオを作ることにしました。面接で相手の質問ベースによる平場のやり取りをしてしまうと「あ~ホントはもっと語れる実績あったのにな。突っ込んで聞いてくれれば答えられたのにな」と後悔することが多くあるでしょう。ですが事前にポートフォリオを用意して面接の冒頭で一気に実績を語ってしまうことによってそういった事態を防ぐのです。

 まずは一旦自分の言いたいことをすべて詰め込んだポートフォリオを完成させ、自分でプレゼンの練習をしてみると尺が30分にもなってしまいました。そこで転職エージェントに複数登録し、エージェントにポートフォリオを見てもらうと「ここは無くていい」「ここはもう少し膨らましたほうがいい」というアドバイスを貰いました。自分でも練習を何度もして「ここの言い回しを変えれば尺を削れる」「ここで図を貼り付ければ言葉で説明しなくても良くなる」などブラッシュアップを繰り返すことで、最終的には尺を10分以内に縮めることができました。

 面接の質問対策も自分の回答をボイスレコーダーに録音して聴いてみると「もっと良い言い回しがある」であるとか「質問に対して最初に20文字以内で結論を言い切らないと聴いている方はキツイ」という発見がありました。とにかく面接に対して出来る準備はできる限りやるのです。

 ここまで来ると僕の転職活動は終盤に差し掛かってくるのですが、このときの僕の精神はかなり追い詰められていました。TOEIC860点を超えたあたりで「努力は必ず実るんだ」という実感を得られたので勉強は俄然楽しくなったのですが、ふとした瞬間に「で、お前はそうやって勉強を3年も続けているが、スペックは上がったのか?」と自問自答してしまい、傍から見た時に3年前と何も変わっていない自分自身に嫌気が差してしまうのです。
 カフェに行けばカップルや、スーパーに行けば楽しそうに買い物をしている家族連れを見て「俺は一体孤独に何をやっているんだ」と気分が沈みました。気分転換として昔から好きだった本屋巡りをしてみても「本なんか読んでないで勉強しろよ」という声が頭の中で聞こえてきて、本を全く楽しめなくなってしまいました。

 

 そうしてStudyplusの同志も遂に3年で2人にまで減ってしまいました。

 

ポートフォリオと面接

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 SPIの対策本を3冊こなせたところでラスト1冊を進めつつ僕はひとまず書類選考に出すことにしました。前々からリストアップしていた気になる企業に一気に10社ほど応募してみるとそのうち3社から一次面接への案内が来ました。そして幸いなことに志望度の低い企業から先に日程を組むことが出来たのです。

 一社目の面接ではかなり緊張しながらもポートフォリオを使ってプレゼンしてみるとこれが大ウケ。「今までこんな資料を作ってきた人はいない!」と言われ、その後の質疑応答も非常に穏やかな雰囲気で進行していくのでした。

 こうやってポートフォリオを使って自分の経歴や実績を余すこと無く語ってしまうと面接官としても聞くことが無くなってしまうんですよね。平場のトークだけで面接を行おうとすると向こうも志願者がどんなスキルを持っているかあぶり出すためにキツめの質問をしないといけないのですが、ひとたびこちらのスキルが分かってしまうとあとは雑談レベルで的確な応答が出来るかどうかを見るだけで良くなるため、オーソドックスな質問しか聞かれませんでした。

 二社目も同じようにポートフォリオは大ウケ。ただし企業側が求めるスキルと僕の保有しているスキルが微妙にマッチしておらず、面接の段階から「ちょっとこれは厳しいかな」という状況。とはいえ二社目も面接自体は非常に穏やかに進行していくのでした。

 こうしてまずは二社の面接が終了。一社目はほぼ内定路線でしたが給与面で折り合いがつかずお断りすることに。二社目はスキルのミスマッチによって不合格になりました。両社とも面接後のフィードバックは非常に丁寧な意見をいただけて「機会があればどこかで一緒に仕事ができればなぁ」と思うのでした。

 そして実際の面接を経験してみて二社ともに「○○のスキルはありますか?」と訊かれたところがありました。これは僕が保有していないスキルなのですが、今の市場トレンドとしてはこういったスキルが求められていると理解した僕はポートフォリオの転職理由の項目に「○○のスキルが無いので、それを身に着けたいと思っています」と書くのでした。聞かれそうな弱点はあらかじめ自分で書いておいて、そこに危機意識を持っているポーズを取るのです。

 そして迎えた三社目の志望企業。それまで受けた企業の反省を踏まえて対策のすべてをブラッシュアップさせて面接に臨むのですが・・・ 拍子抜けするほど普通の質問で淡々と面接は進行するのでした。
 ひとつだけ「△△をやったことはありますか?」という今まで聞かれなかったスキルに関する質問がありましたが、そこは対策通り「△△についてはやったことはありません。ただし業務に従事した場合は仕事を首尾よく行える自信はあります。なぜなら私には業後の勉強習慣がありまして、自分にわからない所があれば独学で勉強を行います。その証拠として領域は違いますがTOEICで言えば860点を超えております」と返しました。すると向こうも納得したような顔をしていました。

 手応えがあるのかないのか分からないまま面接を終えた次の日には一次通過のお知らせ。二次の役員面接が最終となるのですが、やはりここでも一次と同じ様にオーソドックスな質問しかされず、自分なりにはパーフェクトに答えられましたが、質問があまりにもオーソドックス過ぎたためイマイチ反応が読めず、終わった後もどうしていいか分かりませんでした。

 最終面接が終わった後、いつごろ連絡がもらえるか聞きそびれてしまったのでそこから連絡をじっと待つのですがこれが長かった。あの面接内容であればほぼ意思確認だけのようなものなので合否など即日決めれそうなものですが3日経っても音沙汰が全く無い。この頃はいてもたってもいられなくて10分に一度はスマホをチェックしてしまっていました。

 そして最終面接からちょうど一週間後。エージェントから電話が入ります。

「もしもし、東城さんですか? 先日受けられました最終面接ですが、無事内定が出ました。そして処遇も東城さんが希望されていた通り×××万円になりました」

 

 大手家電メーカーへの転職と、年収150万円アップが無事、達成できました。

 

3年に及ぶ勉強を終えてみて

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 大手家電メーカーへの転職成功と年収が150万年上った現在、今の僕の年収を揶揄する人はいないでしょう。そして同時期に始めた筋トレもコンスタントに週3回以上ジムに通い、体重も15kgの増量に成功した今では僕の体格を頼りないと評する人はいなくなりました。

 心底惚れた子との恋が叶わず「自分のスペックを変えたい」と願い勉強を始めた3年前。
 あの頃思い描いていた将来の人物像に今やっとなれました。

 

 この3年はとても長かった気がするし、とても短かったような気もします。

 

 目標を達成した今、正直年収や体型の変化はどうでもいいと思っています。努力をした結果、数字としてこういう実績を残すことができましたが、それよりも「自分で目標を立てて、それに向かって努力を続けて、最後には結果を出せる」という成功体験を得られたことが一番の収穫です。
 今まで壁という壁にぶつかり続けてきましたが、このブログで勉強記録を投稿してきたように定期的に自分の行動を振り返って、その都度「どうすればいいんだろう」という打開策を見つけてきました。これからもし辛いことがあってもブログの過去記事を読めば「あぁ、昔はこんな事あったけどちゃんと乗り越えられてきてるな。じゃあ今度も大丈夫だろう」と思えることでしょう。

 僕は今回年収150万円アップという自分で立てた目標を3年という期間で達成できましたが、本当に運が良かったと思います。それは学生時代にただ時間だけを浪費する生活を良くも悪くも送れたこと、新卒で事務職に就いて成果物が出ない職業は給料が上がらないと知れたこと、圧倒的なスペックの差から好きな子との恋が成就しなかったこと、など、そういった自分の運命を決定づける出来事に本当にタイミングよく遭遇できたからこそ毎日最低1時間以上勉強できるようになったのです。
 だから僕はこのブログで今まで一度も「やればできる」といったことは書いていません。なぜなら人が行動できるようになるには運やタイミングが必要だということを僕自身が一番痛感しているからです。僕が勉強記録の記事でよくガントチャートを載せて数値ベースで勉強報告をするのは「僕はこれだけの勉強をしたら、これだけのことができました。だからみなさん、これをあくまで参考にして頑張ってみてくださいね」と伝えたいからです。

 世の中努力をしてもどうにもならない領域は多くあります。しかしそれと同じくらい努力すればどうにかなる領域も多く存在すると思うのです。別に僕らは年商何100億という会社を経営するスーパーマンになりたいわけじゃありません。ちょっと小銭を持って、お金のことにいちいち目くじらを立てなくてもよくなる生活を送りたいと思うぐらいじゃないですか。
 TOEICだって英単語帳を5冊丸暗記して1万語ぐらい頭に入れればどうにも点数が取れないということはまずありえませんし、TOEICが気乗りしないなら簿記やFPなど「みんながその試験の難易度を知りつつ、勉強すれば確実に合格できて、かつその知識が実生活に役立つ」というもに挑戦してみれば良いんです。もしそれでも結果が出ないなら頭脳労働は諦めてフォークリフトや玉掛けの資格をとってより単価の高い肉体労働が出来るようになりましょう。
 僕もブログでは書ききれないような失敗も数多くしています。ですがただの一度も「勉強をして損をした」と思ったことはありません。失敗したら失敗したで新しい活路が見出だせますし、別の領域がダメだったらそこで諦めがついて、新しい領域で頑張ろうと思えるのです。

 

 今はたかが年収150万円上がっただけですが、僕の勉強はここで終わりません。これからも勉強を続け、もっと上のステージに行きたいと思います。そしてこの記事を読んで少しでも勉強に対してやる気を出してくれた方、一緒に頑張っていきましょう。行動すれば何かしら将来へのヒントは見つかります。

 

▼1日1時間勉強を3年と半年続けた結果はコチラ▼

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