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人見知りは治らないが、心はきっと軽くなる『社会人大学人見知り学部卒業見込 完全版』

 オードリー若林正恭著『社会人大学人見知り学部卒業見込 完全版』を読みました。

社会人大学人見知り学部

 

 オードリーの若林さんと言えば人見知り芸人として知られ、そんな若林さんが雑誌『ダ・ヴィンチ』に連載していたコラムをまとめたものが『社会人大学人見知り学部卒業見込』になります。
 本書は文庫化に合わせて加筆修正をし、『完全版』として発売されたもの。

 現在はかなり軽減しましたが、僕も若林さんと同じくかなりの人見知りで、タイトルに「人見知り学部」と銘打っているだけに「何か人見知りを治すヒントになることが書いてあるのでは」と思い、何気なく手に取りました。

 結果として中身は人見知りを治す方法について書かれたものではありませんでしたが、若林さんの書いた文章から放たれる「人見知りあるある」「自意識高い人あるある」の数々には多いに共感し、そして過去の自分に思いを馳せてしまいました。

 人見知りというより自意識について多くのページが割かれ、当初の目的とは異なりますが読み終わった後には不思議な安心感というか、「自分は自分のままでいいんだ」という感情が芽生えました。

 もしいま自分が人見知りで悩んでいるだとか、自意識の高さに悩んでいるのであれば、一度本書を読んでみることをオススメします。

 

大人になるってどういうこと?

 子供の頃は社会に存在する理不尽なルールにいちいちイラつくものです。

 例えば「なんで学校に行かなくちゃいけないの?」「なぜみんなと同じ服装をしないといけないの?」「なぜ規則を守らなくてはいけないの?」など、日常のあらゆる明文化されていないルールに苛立ちを覚えていたはずです。

 しかしいつからか僕らは大人になります。
 あの日猛烈に苛ついていたルールにも無条件で従うようになり、逆にルールを守らない人間に対して怒りを覚えるようになります。

 学校に行かないと最低限の教養も得られず、社会に出た後で効率よく仕事ができるようにならない。同じ服装をすることで「私はこの組織に服従します」というシグナルになり、安心して共同生活を送ることができるようになる。規則も厳格にルールを定めることでたとえ個々人がちょっとずつ不都合を受けることになっても、結果としてみんなが最大に幸福になれる。
 社会に出ていろいろな経験をしていくと、あの日「なんでこんなルールがあるんだ!」と憤りを感じていた物事に対しても一定のメリットがあったんだなと分かり、いつしかそれを自然と受け入れるようになります。

 

自意識が高い人はルールに疑問を感じてしまう

 いわゆる "大人" と呼ばれる人は、そういった暗黙のルールに対して無意識のうちにメリットを理解して自然と受け入れるようになります。
 しかし僕らのような自意識の高い人間はルールに対して疑問を感じてしまう。

 疑問を感じながら、腑に落ちない中で手探り状態で日々を生きている。

 「自分はほんとうにこれでいいのかなぁ」なんて不安な気持ちになってしまいます。

 

社会的に成功した人ですら、苛立ちを感じている

 オードリー若林さんといえば数多くいる芸人さんの中でもトップレベルの芸人で、M-1 2008で準優勝した次の年では年間のテレビ出演本数ランキングで1位を獲得しています。また2019年現在でも数多くのレギュラーを抱え、その人気は衰える様子もなく一見順風満帆な人生を送っているように思えます。

 本書はブレイクしてから数年経った後に書かれたコラム集なのですが、ブレイクした後で自身の価値観も落ち着いたかと思いきや、そうではありません。

 どれだけ地位やお金が入ろうと、昔からおかしいと思っていたことは相変わらずおかしいし、それに対して素直に「おかしい!」と言ってしまう。

 そうすると周りからは「自意識が高い」と言われてしまいます。

 

僕らは社会に出て、徐々に自意識を修正される

 ここで本書に書かれているコラムをいくつか引用したいと思います。

 気が合う人との少人数の飲みの席はぼくも大好きだ。だけど、大人数の飲み会は得意ではない。二十人ぐらいの飲み会になると四、五人のグループで島が出来上がる。なぜだかわからないが、そのグループとグループの島の間にポツンと一人になってしまう。
 グループの島に「混ぜて」の一言も言えず一人虚空を見つめることになり、結果「つまんなそうにするな!」になってしまう。

 分かる! 分かるぞ若林さん!!
 僕も大人数の飲み会が大嫌いです。少人数はともかく、大人数になってくると一人の人間が話してもよい秒数って、10秒にも満たなくなってくるんですよね。僕は場の雰囲気を正確に読み取って、そこで的確に言葉を発するのが猛烈に苦手で、「どうせ喋ってもウケない」→「喋らない」→「会話に参加できなくなる」→「途中から入ってもウケない」の悪循環に入ってしまいます。
 社会人なりたての頃は大人数での飲み会にいかに溶け込むかに苦心していましたが、最近では「そもそも参加しない」という方針に切り替えることにしました。

 以前、『アメトーーク!』の企画で「女の子苦手芸人」という企画に出演した。それからぼくには人見知りに加えて女の子苦手というイメージがついたように感じる。一応説明しておくと、女の子自体は大好きなんだけど、それ故に意識しすぎて話しかけられない。というのがぼくの苦手の理由だ。
 男には、例えば後輩でお金がなさそうなやつには服をあげたり、悩みを聞いてあげたり、励ましたり自然にできる。ロケバスでゲストの男の後輩芸人さんが一人ぼっちで居心地が悪そうだったら話しかけられる。
 でも、それが女性タレントだったら絶対に話しかけられない。
 何、若林のくせに話しかけてんだよ。と思われると思ってしまう。

 そうそう、人見知りだったり自意識が高い人って自己評価が高い割には異性に話しかける時に「自分なんかが話しかけていいのだろうか…」って思ってしまうんですよね。
 同性だったら気さくにいい兄貴分を演じられるのに、それがひとたび相手が女性になると急に意識してしまう。

 自分の冠番組を多数持ち、それでいてテレビの出演ランキング1位になったとしても、そういう自意識が消えていないとは驚きです(笑)

 例えば芸能人の豪邸訪問のリポーターの仕事をやる際に高価な壺があるとして、その値段を聞いてビックリしましょうという流れがあるとする。ビックリしなければいけないということでもないのだが、どうやらそういうシーンが撮りたいようだという雰囲気があるじゃないですか。
 その時ぼくは「別に壺なんか要らないし、何百万もする壺を持っているからすごいってことでもないだろ」と本気で思っていた。

 高級料理や豪邸を手放しで持ち上げると百円ショップや銭湯にいた仲間、それに昔の自分を裏切った気持ちになる。

 本書で僕が一番心を揺さぶられた文章がこれです。

 僕は学生時代猛烈な人見知りで、友達も少なかったですし、まして大勢の友達と対して中身の無い話で盛り上がっている、いわゆるリア充たちのことを嫌悪していました。
 しかしそれは「大勢の中でうまいこと立ち回れない自分」を認めたくないことからくる嫉妬の裏返しでした。

 しかし社会に出て色んな荒波に揉まれるうちにいつしか上司に対しては「すごいですね!」を連呼し、同期や合コンなどで出会う女の子には即席で笑える軽い冗談を繰り返すようになりました。
 そうしているうちにいつしか誰からも「お前はコミュニケーション能力が高いな」と言ってもらえるようになりました。

 コミュニケーション能力とは、自分の言いたいことをこらえてひたすらに相手が求める答えを出し続けること。

 傍から見たら今は学生時代に憧れ続けた存在になれている。

 でもこの心のモヤモヤは一体何だ?

 会社にいる上司や同僚、そして女の子たちからもコミュニケーション能力を認められている。

 でも一体何が引っかかるんだ?

 これは僕の中で長年の疑問でした。

 しかしそれは本書を読んだ時にフッと解決しました。

高級料理や豪邸を手放しで持ち上げると百円ショップや銭湯にいた仲間、それに昔の自分を裏切った気持ちになる。

 あぁ、これだったんだ。自分の長年のモヤモヤは。

 あの時「将来こんな人間には絶対にならない」と息巻いていた自分になってしまっていたからこそ、当時一緒にいた友達、そして過去の自分を裏切った気持ちになっていたのです。

 でも、若林さんがそういったモヤモヤを抱えながら前に進んでいった姿を見て、僕も「前に進むしかないんだな」と思えました。

 そのとき、心は不思議な爽快感で満たされ、とても軽くなりました。

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