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書籍

名作漫画『いちご100%』で西野つかさだけが描かれたもの

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 今から一ヶ月前の2023年の12月頭に、ふと思い立って『いちご100%』のKindleフルカラー版全巻セットを買いました。

 僕は映画好きなこともあって普段あまり漫画は読まないのですが、そんな中でも僕が単行本を全巻揃えた作品が2つだけあります。ひとつは高橋留美子先生の『らんま1/2』と、もうひとつは河下水希先生の『いちご100%』。両方とも実家にはあるものの一人暮らしの今の家には無いので前々からKindleで買おうか迷っていたのと、忙しい仕事の合間でも家に帰ってから楽しめる気軽な息抜きはないかということで、今回思い切って買ってしまいました。

 本作は主に高校時代を描いたラブコメディですので、年代が同じになった高校時代にはほんと繰り返し読んでましたね。今まで300周ぐらいは読んだのではないでしょうか。単行本で読んだときは当然白黒なわけですが、Kindleフルカラー版は最初こそ違和感があったものの、すぐにこれはこれでまた一味違った味わいということで楽しめるようになりました。

 全19巻セットで、初めは1日1巻ぐらいのペースで読んでいこうかと思っていたものの、気づくと2~3日で読破してしまいましたし、何なら数年ぶりに全巻通して読み返してみて、ふと涙が出てしまいました。もう既に300周以上もしている漫画で今更泣くとは思いませんでした。大人になった今、改めてこの漫画を読み返してみて、ふと思ったことがあります。「なぜこの漫画はこんなにも面白いのか」「なぜ自分はヒロインの西野にここまで惹かれてしまうのか」ということです。

 この記事にたどり着いて下さった方には説明不要かと思いますが、本作『いちご100%』のストーリーを簡単に解説します。中学3年生で将来は映画監督になることを夢見る主人公・真中淳平は、学校の屋上で出会ったいちごパンツの美少女(東城綾)に心奪われます。その少女の正体を学年のアイドル的存在である西野つかさだと勘違いした真中は思い切って西野に告白するも、まさかのOKがもらえることに。そして真中は高校で映画づくりを行うために憧れである泉坂高校に進学するものの、彼が入部を希望していた映画研究部は数年前に廃部になってしまったことを知り…

 本作の魅力のひとつは、ジャンプのある種典型的とも言えるお色気ラブコメ漫画としては、ストーリーとして過不足なく完結している点にあります。連載開始時点の中学3年生時点から高校卒業までの約3年半の期間の中で、メインの登場人物全てにちゃんとそれぞれオチをつけた。ラブコメはいつ終わってもおかしくない中で、ちゃんと結末まで描き切るというのは非常に難しいことだと思います。

 主人公の真中は映画監督になりたいと考えているところから、ストーリーも自分で考えれるわけでもない、そもそも機材も持っていない、一緒に協力してくれる仲間もいない、やっとの思いで入った泉坂高校では映画研究部が潰れてしまっている。「どうやって彼は映画を作るのか?」が物語全体を貫くひとつの縦軸としてあるところがストーリーを追い続けたくなってしまう魅力の一つでもあるのです。

 また本作は脳天気なラブコメでありながらも意外にビターな描写もあるところが良い。僕が『いちご100%』の中で一番好きなシーンが、数カ月ぶりに真中のもとに会いに来た西野が、その日のデートの最後に別れを告げるシーン。そこまでは西野もテンション高く振る舞っているものの、真中もうっすらと「(今日別れ話をしようとしてるんだな…)」と感づいているところがリアルです。

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<引用:『いちご100%』第3巻>

 本作を擦り切れるほどに読んでいた高校生の頃には分からなかった描写ですね。もう今日が最後になるのだから、最後だけは楽しい思い出となるよう明るく振る舞おう。僕もよく女性からこういう振る舞いをしてもらったことがあるので胸が締め付けられる思い出した。純粋なお色気描写だけでなく、こういったリアリティのあるビターな描写もまた『いちご100%』の魅力です。

 そして高校当時から僕がずっと考えていた「なぜ自分は数あるヒロインの中で西野つかさが好きなのか」という点ですが、今回改めて全話読み返してみてやっと結論が出ました。それは『いちご100%』の中で西野だけは唯一明確に "成長" が描かれているからです。

 僕個人の好みで言えば西野のような金髪ショートカットで痩せ型の男勝りな女の子ってあまり好みじゃないんですよ。そういった意味で黒髪ロングでむっちり体型の東城の方が好みドンピシャなのですが… なぜか西野に惹かれてしまう。

 西野つかさは作者の河下水希先生本人が語るように非常につかみにくいキャラクターです。学校の内外で誰もが認めるような美少女でありながら、誰からの誘いにも応じない。けれどもパッとしない真中からの告白には、告白の方法が面白かったから、と受け入れてしまう。その後も真中のことを一途に想い続けているかと思えば自分から距離を置こうともする。

 西野は当初から料理が好きだったという描写があります。しかしその腕前はかなり怪しい。しかしその後、別の高校で映画製作に力を入れている真中に触発され、乗馬や英会話など色々なことに挑戦した結果、やはり料理が好きだという結論に至ります。真中のためにお弁当を作ってきたといい、久しぶりに西野の料理を食べてみると確かに美味しくなっている。そしてまたしばらくすると西野は洋菓子店で働き始め、やがて一流のパティシエになるためフランス留学を決めるのです。

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<引用:『いちご100%』第2巻>

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<引用:『いちご100%』第3巻>

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<引用:『いちご100%』第11巻>

 西野の成長に比べるとその他のキャラクターは「成長」という視点では弱い。主人公真中は一応映画の才能はある設定ではあるものの、実際彼の何がすごかったのかについて明確な描写はされません。というよりも高校三年間で彼は3本ほど映画を撮っていますが、それぞれがどのようなストーリーであったかも語られてはいないのです。もうひとりのヒロインである東城綾も初めて登場したときから彼女には文学の才能があり、真中との交流を経て、彼女の中であと一歩足りなかったものが埋まるというわけでもないのです。

 今回『いちご100%』を全巻読み返して思うのは、優れた名作はやはりどこか芯を突く構造をもっているものだなぁということです。それまで純粋なお色気ラブコメディ作品は『いちご100%』以外にも腐る程あったわけで、『いちご100%』が当時ジャンプのラブコメディ作品として最長の連載期間を誇ったのも偶然ではなかったのだと感じます。



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