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【ネタバレ】俺にはその気持がよく分かる!! 小説『狭小邸宅』

 小説『狭小邸宅』を読みました。

 本書は2013年に新庄耕さんによって書かれた若手不動産営業マンを主人公にした小説。「うだつの上がらない若手の営業マンがふとしたキッカケから誰も売れなかった物件の売却に成功。それを機に瞬く間にエース営業マンへと成長するが…」という、ありきたいといえばありきたりなサクセスストーリー。

 しかしながら本書が話題を読んだのは、その不動産業界を舞台にした苛烈なパワハラのリアリティです。

「いや、お前は思っている。自分は特別な存在だと思っている。自分には大きな可能性が残されていて、いつかは自分は何者かになるとどこかで思っている。俺はお前のことが嫌いでも憎いわけでもない、事実を事実として言う。お前は特別でも何でも無い。何かを成し遂げることはないし、何者にもならない」

「おい、お前、今人生考えてたろ。何でこんなことしてんだろって思ってたろ、なぁ。なに人生考えてんだよ。てめぇ、人生考えてる暇あったら客みつけてこいよ」

「売るだけだ、売るだけでお前らは認められるんだっ、こんなわけのわからねえ世の中でこんなにわかりやすいやり方で認められるなんて幸せじゃねえかよ。最高に幸せじゃねえかよ」

 ここで3つほど紹介しましたが本書ではこれ以上に次から次へとパワハラのフレーズが繰り出され、まるで不動産版アウトレイジとも言うべき様相を呈しています。読んでいるこちらまで胃がキリキリしてくるような描写の数々でありながらも、一定の真理を突いてくるからこそ目が離せない。

☆☆☆☆☆

 本書は不動産営業マンを主人公にしたシンプルなサクセスストーリーを描いていますが、ところどころ素人には理解しづらい心情が描写されます。

 主人公・松尾は一流大学を出ながらも誰にでもなれる不動産営業マンとなり、それでいて結果が出ず毎日上司から詰められながらもなぜか決して辞めようとしません。ふとしたキッカケからエース営業マンになり、周りからももてはやされるようになるも、心は満たされない。そしてラスト、いつもの様に営業トークをしていると客から怒鳴られ、そこで終わる唐突な幕切れ。

 これらの要素はネット上でも「一体どういうことなのか」と疑問の声が上がっています。

 しかし僕は主人公・松尾の気持ちが痛いほど分かりました。

 それはなぜかと言うと、松尾が置かれている状況が僕の20代中盤に夢中になっていたガールハント経験とピッタリと重なっていたからです。

このまま辞めてどうする

 僕は20代中盤に名古屋の街で友人とガールハント行為に勤しんでおりました。

 当時は平日の仕事があまりにも辛く現実逃避がしたかったのと、非モテだった自分をいよいよ変えたくなり、毎週末友人たちと朝から晩まで名古屋駅や栄で遊んでいたのでした。あの頃は街コンが全盛で、相席居酒屋が本格稼働し始めた時期。マッチングアプリもよやく出会い系とは別枠として捉えられ始め、僕らは女の子と出会える場所やモノには何でも手を出しました。

 でもどれだけ女の子と出会えるツールが発達したところで、今まで学生生活で非モテやってきた人間が現場に出たところで相手なんかされないんですよね。女の子は基本的に自分より格下の男は相手にできないので、どこの場に行っても結局は一部のイケメンが総てをさらっていくという有様。

 たまに女の子と遊ぶ約束を取り付けられても食べるだけ食べられて、店を出たら「じゃあ私、友達と約束があるから」と颯爽と街に消えていってしまう。ドタキャンなんて当たり前だし、数日前にキャンセルしてくれるならまだしも集合時間の1時間前まで普通にやり取りしていたのになぜか約束の時間には来ないということも多々ありました。

 あの頃女の子に費やしたお金で言うと年間100万以上はかかっていたのではないか。

 「じゃあそれで成果は?」と問われると本当に何もない。ただ飲み食いされ、バカにされただけ。それでも僕らは毎週末街に出ていました。

 傍から見たら滑稽ですよね。女の子にバカにされ続けているのに続けるって。でも僕らは「ここで街に出るのを辞めたところでより良い人生なんて待ってないだろ」と決して辞めようとしないのです。

 『狭小邸宅』の主人公・松尾もどれだけ成果が出なくてどれだけ周りからバカにされてどれだけ上司から詰められようとも不思議と辞めようとしません。それは松尾も「一流大学を出ても不動産営業にしかなれなかった自分がここで辞めて一体何になるんだ」と思っていたことでしょう。

 きっと松尾は自分のことをそれまで頭が良くて仕事ができる人間だと考えていたと思うんです。それが実際に社会に出てみて結果らしい結果など何も出ない。今まで想像していた自分と現実の自分との間にギャップが有りすぎる。ここで今の仕事をやめてしまったら、いよいよ自分がダメな人間だったと正式に認めないといけなくなってしまいます。でもかと言ってここで頑張る方法も分からない。だから辞められない。

 僕にはこの気持が痛いほどよく分かる。

 

結果が出ても満たされぬ心

 その後周りからいよいよ愛想を尽かされた松尾は、1ヶ月以内に物件を売らなければ辞職すると申し出ます。

 半ばヤケクソになって着手したのは、社内で誰も売ることができず長らく焦げ付いていた "蒲田の物件"。朝から晩まで駅前で看板を掲げながら声を上げ、夜中にはポスティングを行う。灼けるような暑さの中でも時間は恐るべき速さで過ぎ、もうこれでダメかと思ったところで1組のファミリーが内見を申し出る。立地も悪く、17坪の土地に建てられた狭小邸宅。どうせ売れるわけ無いと諦めていたところ、意外なことにそのファミリーは即座に購入を決めるのです。

 今まで誰も売れず、社長からも売れば奨励金を出すとも言われていた"蒲田の物件"。そんな物件を売ったことから周りの評価は一変し、上司からも営業のイロハを改めて教えられたことから松尾は売れる営業マンへと変身します。

 次々と契約も取れ、周りの評価も変わり、元キャバ嬢の彼女もできる。
 しかし松尾の心は全く満たされません。

 僕もガールハントをやっていたころは色んな女の子にモーションをかけては断られるということを繰り返していました。あまりの数、女の子に無下にされるため「いやもう俺はどうしたらええねん!!」となげやりな態度になった瞬間、意外なほどスルスルとうまくいくことがあるんですよね。えっ、今までの努力は一体何だったの? と拍子抜けするほどうまくいくときはうまくいく。

 蒲田の物件の購入を決めたファミリーを営業車で営業所まで送る時の緊迫感などめちゃくちゃ感情移入してしまいました。僕もその日に知り合った女の子をタクシーでお城みたいな建物に移動するときなど「途中で気が変わったりしないよな」とビクビクしますもんね。

 そこから松尾は営業をする時には客の前でワザと電話をするふりをして「たった今、優良物件がキャンセルになりました。今契約しなければ他の人にすぐ買われてしまいます!」と臨場感を煽る演出を覚えます。それによって次々と契約を決める。

 僕もある程度ガールハントが板についてくるとこういう演出をよく使っていました。女の子と飲みに行って、ある程度盛り上がったところで、スマホをテーブルに置いたままトイレに行くんですよ。僕はスマホ2台持ちだったので、トイレに行っている時に、テーブルに置いてきた方にLINEでメッセージを入れるんです。「えー、じゃあ来週は空いてないの?(TT)」と。昔はLINEでメッセージのプレビューが見れたのと、2台目の方はアイコンをマイナーなアイドルの写真にしていたので、女の子はそれをまんまと盗み見て、「(別の子から遊びに誘われてる…)」と思い込むわけですよ。女の子は基本的に別の女からモテている男が好きなので、何食わぬ顔でトイレから戻ると、食いつきが爆上がりしていてそのまま- というのが毎回の手口でした。

 でもそうやってある結果が出せるようになっても心は満たされないんですよね。だってそれはハンティングのテクニックを知っている&運用している自分の技術が上がっているだけで、別に自分の人間的魅力が上がってるわけではないから。今の自分のスペックを持ってして出来る演出やテクニックなど、ある程度現場に出ていればすぐに上限が見えて、そこから先は同じ演出をして「この子はOKだった」「この子はNGだった」という確率論の話にしかならないわけですよ。

 

唐突な幕切れ

 さて、この物語が一番物議を醸しているのはラストの唐突な幕切れです。

 物語の終盤で松尾は大学時代の先輩に物件の案内をするのですが、それがいくら物件を見せても納得せず決まらない。予算を守るなら家のグレードや立地を諦めなければならない、グレードや立地を守りたいなら予算を超過しなくてはならない。お互い煮詰まっていたところに本当のことを告げると先輩からは唐突にキレられます。

 「いいんだよ、後輩だと思ってこっちが期待しすぎた。悪い悪い、頭の足りないお前には無理な話だった。一応、先輩だから忠告しといてやるけど、お前染まりすぎてるよ、驕りや欺瞞が顔に表れてる。金にたかって欲に塗れる人生もいいけど、もう少し考えた方がいいよ」

 先輩からこう吐き捨てられた後、松尾は次のお客さんの案内に向け、不敵な笑みを浮かべながら再び車を発進させるというところで物語は終わります。

 ・・・これ、僕本当に気持ちがよくわかりました。だって女の子を口説いて最後のクロージングで「一緒にお城に行こう」と打診したところでブチ切れられるという経験が僕にも幾度となくあるからです! 先輩に吐き捨てられるセリフも「あんた散々甘いこと言っておいて結局ヤりたいだけじゃん!!」と何度言われたか。

 あれ、一体自分は何のためにこんなことをやっていたんだろう。女の子にこんな事を言わせるために毎週末街に出てこんなことやってたのか? もう俺はここで辞めるべきじゃないか? ・・・ダメだ。「誠実さが一番」といってジリジリやってて誰がそれを好意的に捉えてくれたっていうんだよ? 何をどれだけ言われようと前に進まなくては。

 松尾とかつての自分は完全に重なりました。

 

 一般的に名作と呼ばれる作品は必ず風刺の構造を持っています。全く違う世界を描きながらも「この構造、どこかで見たぞ?」と心の片隅で想起されるからこそ作品にのめり込んでしまう。

 みなさんもこの作品を読んだとき、決して少なくない数の人が自分の思い出の何かとリンクしてしまうことでしょう。

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