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書籍

喪失と再生の物語『しょぼい喫茶店の本』

 『しょぼい喫茶店の本』を読みました。

 就活に失敗し自信を失くした若者がふとしたきっかけから100万円という比較的少ない金額で起業をし、やがて生きる目的を見つけ出す素晴らしい再生の物語でした。

 

就活に失敗した大学生

 上智大学の学生である池田達也は、とにかく働くことが嫌だった。

 今まで学業では優秀な成績を修めることができたものの、働くことになるとからっきしダメで、アルバイトをしてみるとどれだけ簡単な作業であってもうまくこなすことができず、どこも数ヶ月で辞めてしまった。

 

 大学三年生の冬になり、いよいよ本格的に就職活動を開始しなくてはいけないとなっても働くことが嫌で、逃げるようにワーキングホリデーに応募
 しかし元々海外で勉強をしたいと思っていた訳でもない彼は現地での生活に馴染めず、予定の1年よりも早く帰国することになる。

 そこでいよいよ就活に本気で向き合わなければならなくなるものの、面接対策や自己分析を進めれば進めるほど企業が自分を雇うメリットなど感じられず、本番でも全く結果が残せられない。

 結果、受けた企業からはすべて不採用となってしまった。

 自分の視界に映るすべての人から「おまえは使えないよ、要らないよ」と言われているような気がした。

 

 絶望のどん底の中、Twitterを見ているとある人物のアカウントが飛び込んでくる。

 それが「えらいてんちょう」だ。

 

 えらいてんちょうは東京でバーやリサイクルショップ、学習塾などを経営している若手の起業家で、彼の「お金がないことが貧困なのではなくて、金がないならないなりにやる、ということができないのが貧困」という言葉に強烈に惹かれた。

 それからというもの、えらいてんちょうのTwitterやツイキャスを熱心に追っていくと、「そのショボくれたアパートを引き払って店に住め!」というタイトルのブログ記事を発見する。

 内容は、少ない資金で限界までランニングコストを抑えて店舗を経営する方法が書かれていた。

 住居付き店舗で店に住みながら働けば、家賃を稼ぐ必要がないし、飲食店ならお店の余り物を食べたり、逆に自炊の余り物を売れば食費が節約できる。

 店舗企業はものすごくお金のかかるものだと思い込まれているけれども、実際はそんなこともない。少し探すだけで10万円以下で借りられる安い物件はたくさんあるし、そういった物件なら敷金礼金などの初期費用込みでも50~60万くらいで借りることができる。

 

 その時、自分の中に自営業で生きていくという選択肢が増えた。

 

 考えてみれば自分は自営業で生きていくのが向いているかもしれない。

 周りの人にずっと気を遣い続けるあの感じだとか、ちゃんとしていなきゃいけないと思ってしまう環境も、自分が自営業なら自由にやれる。

 どんな店を経営したいかと考えたときに、自分はよく自炊をしていて料理が好きだったので、なんとなく飲食がいいなぁと思った。その中でも一番ゆったりしていて楽しそうだと思ったのが喫茶店だった。

 喫茶店は自由度が高い。ご飯を食べたい人はご飯を食べ、コーヒーを飲みたい人はコーヒーを飲んでいる。本を読みたい人は本を読んでいて、それぞれがなんとなくそこに集まり、好きなように時間を過ごす、放課後の部室のような自由度の高い空間が好きだった。

 

 喫茶店を経営すると決めてからは初期費用を稼ぐ目的でアルバイトを始めた。仕事終わりには物件を探し、高円寺駅から徒歩5分の距離の家賃14万のちょうどいい居抜きの物件も見つかった。

 あとはこのままアルバイトを続け、初期費用の100万円を稼ぐだけだ。

 

 しかし大学の卒業が差し迫り、当時住んでいた学生マンションの退去日が目前に控えたところで改めて初期費用を計算し直してみると100万円をとうにオーバーしてしまう。

 一旦店舗以外のところに家を借りてしまうと、そちらの初期費用で開業資金が大きく削がれてしまう。

 

 池田は焦った。

 

 そんなときにTwitterで目に入ったのがカイリュー木村さんと呼ばれる人だ。

 当時えらいてんちょうと頻繁にやりとりをしていた投資家で、仮想通貨で儲けたお金の税金対策として投資先を探しており、「都内開業で素直そうな子なら普通に食いっぱぐれないと思う。100万円ぐらいなら面倒見るからとりあえず挑戦する姿見たい」とツイートしていたのだ。

 カイリュー木村さんがこうは言っているものの、こちらは面識も実績も何もない一人の大学生だ。どうやったら出資をしてもらえるか策を練った。

 出資をしてもらうためにはまず自分がどういう人間かを理解してもらわないとダメだ。

 自分が何をしたくて、これまでどんなことをしてきたのか、経緯を分かりやすく提示する必要がある。そして自分からの申し出ではなく、えらいてんちょうの紹介であるという圧倒的な信頼を得ることができれば、行けるかもしれないと思った。

 当時、えらいてんちょうは頻繁に自分の名前をエゴサーチしていたので、自分を知ってもらう材料を揃えて「えらいてんちょう」というキーワードの入ったツイートをすれば、とりあえず認識してもらえることはできるだろうと考えた。

 そこでTwitterアカウントを新しく作り、ブログも始め、就活を通じで思ったことやその中で見えてきた自分のだめなところ、それでもなんとかやっていきたいということを発信していった。

 Twitterでは考えていたアイデアを一気に綴っていき、ブログではそういった断片的なアイデアをまとめて文章にした。大変な作業ではあるものの、1日1記事は更新するようにしていた。

 アルバイトが嫌いですぐに疲れてしまう自分にとって、アルバイト終了後にブログを更新するのは大変だったけれども、とにかくやるしかなかった。

 

 ある程度情報発信が出来たところで思い切って「えらいてんちょう」というキーワードを入れてツイートをしてみたところ、えらいてんちょうがこちらの存在に気づき、フォローをしてくれた。
 ずっとスマートフォンの画面越しに見ていたえらいてんちょうが、Twitterでフォローしてくれたのがすごい嬉しかった。

 そしてこのタイミングしか無いと思い、続いて「詳しいことはよく分かりませんが、仮想通貨で稼ぎまくった人、税金対策で100万くらい僕にください。税金対策になるかどうかはわかりません。」

 するとえらいてんちょうもそのツイートに合わせてカイリュー木村さん宛に「あったことないひとですが、面白そうなんで100万くらい投げてみてくれませんかね?」とフォローを入れてくれたのであった。

 

 まさか自分が思っていた通りの展開になるとは想像もしてなかった。

 えらいてんちょうがカイリュー木村さんと自分をつなげてくれたのだ。

 

 そしてさらにはカイリュー木村さん本人から「一回お話伺いたいのでタイミング見て会いましょう」と返事が来たのである!

 

 

 出資の話をする当日、池田は約束の時間を間違え、少し遅れながらも集合場所のバーに到着した。

 そこにはカイリュー木村さんと、その友人である2人の経営者が、そしてえらいてんちょうがいた。

 遅刻したことで開始から多少重苦しい空気が流れる中、池田は軽く自己紹介をし、就活のどのあたりが無理だったか、どんな喫茶店にしたいと計画しているのか、集客の見込みがあるのか、どれくらい収益があると思っているのかなどの話し合いが行われた。

 利益率や利回りなど、思ったよりもかなり真面目な話になっていて、何を話しているのか半分も理解できなかった。ただ、なんとなく喫茶店を開業することには否定的で、まだまだどうとでも挽回できる年齢なんだから真面目に会社に勤めたほうが良いという流れで話が進んでいたことだけは分かった。

 その後も難しい話がどんどん進んでいったけれども、それもほとんど上の空で「あぁ、結局無理だよなぁ、そんなうまくいくわけないよな、また就活始めるのか」と思った。

 するとえらいてんちょうが、読んでいた漫画を急にパタンと閉じ、「いや、そんな真面目に考えなくてもどうにかなるっしょ! もっと適当で大丈夫!」と大きな声でいった。

 そこからは今までの流れからは急展開し、物件だけは探し直すとして出資は確定

 「とにかく動き続けよう」という言葉をもとに、喫茶店を開業することになるのである。

 

 それと時を同じくしてブログに「おりん」と名乗る人からあるコメントが付く。そのコメントには「喫茶店の計画に強烈に惹かれた。私は東京で3年間看護師をしていたが、激務からうつ病になった。今は実家に帰って療養しているが、どうにかして協力したいので、喫茶店で働かせて欲しい」と書いてあった・・・

 

道はひとつでないということを教えてくれる素敵な本

 ここまでが著者である池田さんが喫茶店(後に『しょぼい喫茶店』と命名)を開業するまでのお話です。

 本題はお店を開業した後、ブログにコメントをくれたおりんさんと共に喫茶店経営を行っていくところにあるのですが、それは本を読んでからのお楽しみということで。

 ただ、この本の「就活によって自信を失ってしまった一人の青年が、しょぼい起業を通じて段々と自信を取り戻していくプロセス」がとてもおもしろく、それでいてこちらに多大な勇気を与えてくれるのです。

 今の日本にあって就活で失敗するということは、まるで人生自体に失敗するかのごとく扱われています。
 僕も就活生の頃は著者の池田さんと同じように面接対策や自己分析をすればするほど自分の魅力の無さに向き合わされることになり、だいぶ精神を削られたのを覚えています。

 今でこそ「新卒での就活がその後の人生を決めるわけではない」と分かりましたけれども、そんなこと社会人経験のない学生には分かるはずもありません。

 そんな中、この本は読者に就活でダメだったとしても最悪起業してしまえばいいと思い知らせてくれます。

 起業はポジティブなものでなくてはならない、起業するからには大きく稼がなくてはならないという雰囲気があるこの昨今、別にネガティブな理由で始めたって食いっぱぐれない程度に稼ぐだけでもいいんだと、新たな逃げ道を提示してくれます。

 就活に本気になっている人間に対して「就活で失敗したって大丈夫だよ」と声をかけてみても当人からすればいい迷惑で、それを「就活で失敗しても最悪起業をすればいいよ」と身をもって証明してくれるところには大いに勇気づけられます。

 

しょぼい起業は失敗してもノーダメージ

 今回池田さんがやられた喫茶店経営にしても、自分が店に住んで初期費用を限界まで抑えて100万円程度の資金で事業をスタートするというのはなかなか賢い選択(or選択肢)だなと思います。

 100万円であれば本気でバイトをすれば1年もかからずに貯めることができますし、借金をしなければたとえ儲からなくても資金が底をついたところでまたバイトするなり就職をすれば人並みには生活を送れる。

 ましてや「自分の力でお店を開業し、そして経営を行った」という経験は今後のビジネスに必ず活きてきますし、仮に就職をするにしてもこの話をもとに面接に挑めます。

 それまで「会社員なんて嫌だ!」と思っていても、一度自分の手で店舗経営に携わってみればいかに会社というシステムが優れたものかを理解出来、その後の働き方も変わってくると思うんですよね。

 

成功の物語ではなく、再生の物語

 起業のお話は「学生時代は何をやってもダメだったけど、事業を起こしてみればそれが大当たり。店舗を次々と拡大して今や従業員数千名を抱える大企業に!」というパターンが多いですが、本作はあくまでも著者の池田さんとおりんさんの2人だけの非常にパーソナルな話になっていて、事業を拡大するといった話は出てきません。いかに事業を拡大するというよりは、いかに店を潰さないようにするかというお話に主眼が置かれています。

 始めは劣等感しかなかった池田さんがしょぼい起業という概念に出会い、そして少しずつではあるものの行動した結果、無事にお店を開業できるようになる。更にはおりんさんというパートナーを得て、同じ心に傷を追ったもの同士が店の経営を通じて段々と惹かれ合い、やがて自信を取り戻していく様子がとても面白かったです。

 

 もし自分が今就活にうまくいってなくて、この先の将来に不安ばかりを感じてしまう人がいれば、ぜひこの本をオススメします。

 「就職以外にも逃げ道はあるんだ!」と頭に入っていれば、きっと心も軽くなり、多少は余裕を持って人生を生きられると思います。

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