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書籍

絶望のエンターテイメント化『笑いのカイブツ』

 『笑いのカイブツ』を読みました。

読了時間

 2時間程度

 

ページ数

 232P

 

オススメ度

 星5点満点中:★★★★(お笑いが好きであれば)

 

あらすじ

 人間の価値は人間からはみ出した回数で決まる。僕が人間であることをはみ出したのは、それが初めてだった。僕が人間をはみ出した瞬間、笑いのカイブツが生まれた時―他を圧倒する質と量、そして“人間関係不得意”で知られる伝説のハガキ職人・ツチヤタカユキ、27歳、童貞、無職。その熱狂的な道行きが、いま紐解かれる。
 「ケータイ大喜利」でレジェンドの称号を獲得。「オールナイトニッポン」「伊集院光 深夜の馬鹿力」「バカサイ」「ファミ通」「週刊少年ジャンプ」など数々の雑誌やラジオで、圧倒的な採用回数を誇るようになるが―。伝説のハガキ職人による青春私小説。<Amazonより引用>

 

感想

 学生の頃僕はよくオードリーのオールナイトニッポンを聴いていました。
 オールナイトニッポンの枠は芸人さんがパーソナリティを務めることも多いですが、時間帯が深夜ということもあり比較的しっとりとした進行をする人が多い中、オードリーはお笑い色を全面に押し出していました。深夜でありながら思わず爆笑してしまうことも多々あり、一人暮らしの寂しい夜に、僕は毎週土曜はこのオードリーのオールナイトニッポンを欠かさず聴いていました。

 そんな中である時期から「ツチヤタカユキ」という名のラジオネームの方のハガキ(メール)が読まれることが多くなり、その内容もとても面白くクオリティの高いものばかりでした。次第にそのツチヤさんのネタは2時間の放送の中で多いときだと4~5回ほど読まれ、遂には若林さんが声をかけオールナイトニッポンの構成作家になることに。
 しかし生来の人見知りから周りの環境に馴染めず1ヶ月半で作家を辞めて地元の大阪に帰ってしまったのです。

 それ以後極稀に若林さんの口からツチヤさんの消息が語られることもありましたが、段々と語られることもなくなり、オードリーのオールナイトのリスナーたちの頭からもツチヤさんの名前はほぼ消えてなくなりかけていました。

 

 時は僕の大学時代から少し進んで2017年。社会人になって数年目の頃、仕事にもやっと慣れて、朝の通勤の時間になんとなくネットニュースを見ていると「ツチヤタカユキ」の名前が飛び込んでくるのです。
 中身を読んでみるとCakesで「笑いのカイブツ」という自身の半生を綴った連載(※)を持っていたそうで、今度それが単行本化されるというのです。
 ※2024年3月22日現在、公開停止となっています

 大学生の頃の記憶がフラッシュバックし、慌ててCakesの記事を読むと、その圧倒的な(負の)熱量から、公開されている記事を一気に読んでしまいました。

 単行本はその日から1週間後に発売されるということで、僕は発売したその日に本屋に駆けつけ購入。その日で一気に読んでしまいました。

 

生まれた時に決定されたもので、 そのまま生きて死ぬ人間と、 生まれた時に決定されたものを、 覆して生きる人間だ。<笑いのカイブツ>

 

面白さを構成する2つの要素

 この本の面白さは2つあって、それは

  • 圧倒的な絶望感がエンターテイメントとして昇華している
  • 笑いに対するアプローチが仕事の参考になる

 という点です。

 

圧倒的な絶望感と闇

 まずこの本で描かれていることは、主人公ツチヤタカユキの高校時代から20代後半までの時代で、ひたすら世の中に対する絶望感しかありません。
 極稀にツチヤさんに手を差し伸べてくれる人もいますが、生来のコミュニケーションの下手さから、必ずそのチャンスを潰してしまいます。

 小さい頃からお笑いが好きで、なんにも才能がない自分。自分に全く自信が持てない中で始まったNHKのケータイ大喜利。
 この番組はお題に対して視聴者からのボケを募集して、それが面白かったら番組内で読み上げられ、読み上げられる回数が多くなると段位がつき、やがてレジェンドと呼ばれます。

 これに希望を見出したツチヤさんは、こう思います。

もしもこの番組で、大喜利が苦手な僕がレジェンドになることできたら、その瞬間に、「才能は努力でカバーできるという事の証明になるのではないか?」と思った。

 

 そこからは1日1題自分にお題を出して、それに対してボケを50個考えます。

 最初は1日50個だったものが徐々に数を増やし、やがて300個、500個、最後には2000個考えるようになります。

 そして最初の2年は投稿をほとんど読まれないものの、段々と読まれ始め、またたく間に段位を上げ、遂にはレジェンドまで上り詰めます。

 

 と、ここまで実績の部分だけ読んでいくとツチヤさんが努力家で、それでいて天才肌であったかのように思えてしまいます。事実僕も学生時代はラジオを聞きながら「こんなボケを思いつく人はどんな頭の構造をしてるんだろ? 多分あたまが勝手にボケを量産してくれるんだよなぁ」なんてのんきに考えていました。

 しかしこの本を読むと内情は全く違いました。

 あのボケがいかに壮絶な体験のもとに生まれているか。

 先程から繰り返し述べているようにツチヤさんはコミュニケーションが本当に下手で、高校時代も友人がおらず、ずっと一人で毎日を過ごしていました。それゆえ、彼が生きる道としてはお笑いしかなく、必然的にボケを量産するしか無かったのです。

 面白いボケを量産するために1日2000個ボケを考える、というといかにも努力家のような気がしますが、ツチヤさんの場合はそんな努力家という爽やかなイメージのするものではなく、生きるために無理やりひねり出しており、とても純粋なサクセスストーリーとしては捉えられないのです。

 1日2000個というと、とてつもない数で、当然のことながらそんな数がたやすく生み出せるわけもなく、頭がボーッとしてきたら、流血するぐらいに頭を壁に打ち付けて無理やり覚醒させて、なんとかボケを量産する。

 

 また実生活はめちゃくちゃで、高校は進学校であったものの母子家庭の貧乏さ故、大学には行けずそのまま働くことに。
 とはいえバイトをしても周りとコミュニケーションがうまくとれないためバカにされ、彼女もできずずっと童貞のまま。童貞を捨てるために風俗に行くも緊張や虚しさから結局最後まで行けず、失意のまま帰路につく。ある時笑いの才能が認められ、吉本に構成作家として入るも、そこでもやはりうまくいかずあっという間にクビになり、オードリーの若林さんに拾ってもらっても、そこもうまくいかない。
 一瞬希望の光が見えても、すべて自分自身でその光を閉ざしてしまう。

こんなにがんばっているのに。こんなに一生懸命やっているのに。すべてを犠牲にして、人を笑わせるためだけに、生きているのに。

「なんで世の中は、こんなにもオレを死にたい気分にさせるんやろう?」

 この本は終始ツチヤさんの絶望とその叫びが書き連ねられます。

 しかしその絶望が僕はすごく共感できてしまい、思わず感情移入してしまったのです。

 今でこそ色んな人と話せるようになりましたが僕も昔は人見知り。人見知りを克服するということは僕にとって「自分が思っていることを押し殺して、その場に求められている発言をする」というものです。
 しかしながらツチヤさんは自分の思ったことを思ったまま行動してしまう。それにより周りから浮いてしまう。けれども僕としては「思ったことを思ったまま行動してしまう」ところに共感してしまい、「昔も自分はこんなことを考えていたな」と思ってしまうのです。
 だからこそ絶望しか描かれていないけれどもエンターテイメントに昇華しているのです。

 

笑いに対するアプローチ

 この本の面白さは絶望以外にももう一つあり、それはツチヤさんの「笑いのスキル」を獲得していくプロセスが我々の仕事術にも通じるところがあるのです。

 ツチヤさんがケータイ大喜利でレジェンドになるためにしたことは以下の通り。

  • 番組で紹介されたネタをすべて書き起こし、パターンを分析
  • センテンスが短い、固有名詞が出てこない、などが分かる
  • どのネタも13個のパターンに分類できることが分かる
  • その13個のパターンに沿って毎日ボケを量産する

 またその後、構成作家としてお笑いコンビのネタを書くときも、まずは今売れている芸人さんのネタを徹底的に研究し、分解、分析します。自分なりの方程式を見つけて、そこに自分オリジナルの要素を付け足していく。

 このパターン分析はその後ツチヤさんが落語に挑戦するときも同様の手法を使うわけですが、何か新しいことに挑戦しようと思うと必ず過去のヒットしたものを分析しないといけないんですよね。ただ闇雲に「新しいものを作りたいから、周りの情報を入れずにアイデア出します!」と言ったって、そんな頭から出てくるのは必ずどこかで誰かがやっていたネタに収束してしまいます。新しいことをやりたいのであれば、古いものを研究しなくてはならない。

 そういった姿勢や手法が僕らサラリーマンの仕事にも通じるところがあって面白いなと思いました。

 

 正直に言ってこの作品がお笑い好き以外の人が読んだら面白いかと言えば、不安です。確かに仕事術につながる面があるとはいえ、かなり芸人さんのローカルネタも多いので。
 ただしお笑いが好きで、僕みたいにどちらかと言えば内向的な人間には共感できるところが非常に多い作品ですので、そういった方にはぜひオススメです。

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