考え方

「○○はコンビニバイトと同じ」という刀

 時折ネット上で「○○(職業名)はコンビニバイトと同じだ!」という言説を目にすることがあります。

 この "○○" に入る言葉としては世間一般でそれなりに地位が高く、スキルも必要だと思われている職業が用いられるのですが、こういった発言をすると当然のことながら炎上します。

 ひとたび炎上をすると発言者が必ず

 「悔しかったら自分で結果を出せばいいだけ」

 と言うのですが、僕としてはそれはちょっと反論としては無理筋かなと思います。

 

 今日はそんなお話について書きたいと思います。

 

事実と感情

 「○○はコンビニバイトと同じ」

 要するにこれは「○○という職業はコンビニバイトと同じで、誰でもできて、スキルも身につかず、将来性のない仕事ですよ」という挑発なわけですが、当然のことながら挑発的な発言をすれば一定数怒り出す人が出てくるのも仕方有りません。

 「いやいや、僕は別に挑発的な意味も蔑視的な意味も込めてません!」と言うのであれば素直に「○○は儲かりませんよ」と言えばいいだけの話で、それをわざわざ「コンビニバイトと同じ」と表現するのはそういう挑発的な表現を使うことで人の目を惹きたいという下心があると考えられて当然でしょう。

 例えば僕は今本業として家電業界でシステムエンジニアをやっているわけですけど、「システムエンジニアは儲かりませんよ」と言われたら「確かにそうですよね。家電製品って組織化しないと作れないので、そこで働いているシステムエンジニアってサラリーマンそのものだし、強固に組織化されて仕事も細分化されているからスキルもそこまでポータブルにならないですしね。将来性があるかと言われれば、ありそうだけれども、そこまではないです」と答えます。
 ちなみに僕は大学時代コンビニバイトをやっていましたが、そちらについても「儲かるか?」「将来性があるか?」と問われたら「儲かる、将来性があるという観点でコンビニバイトを見るなら違う職業を選んだほうが良い」と答えます。

 だって事実ですから。

 ところが「コンビニバイトと同じ」というのは事実ではなく、感情が入り込んだお話なので、当たり前のように感情的な反論がやってきます。

 

 相手に殴りかかっておいて注目だけ浴びたい。でも殴り返されるのはNG。
 これはちょっと虫が良すぎる話だと思うのです。

 

 僕が昔ネットで見かけた記事ですごく気に入っているフレーズがあります。

「リスクの高い行動に果敢にうってでるわりには、実際にそれで生じる想定されるリスクにとても弱いままだったのです」

 引用したフレーズは今回のお話とは全く関係ないものですが、僕が言いたいことが一行に要約されています。

 

 多方面に喧嘩を売るような言い方をするのであれば、言い返されてもそれは素直に受け止めないといけないと思うし、それが出来ないのであればそもそも言うべきではないのではないか、と。

 

風俗嬢に説教をする人

 僕はなぜか「○○はコンビニバイトと同じ」と発言する人に異様な嫌悪感を感じてしまうのですが、その理由を頭の中で探ってみると、ある一つの結論にたどり着きました。

 あ、これ、風俗嬢に説教する人と同じだ。

 

 きょうび日本に住んでいてコンビニを利用しない人などいないわけで、そういう発言者も普通にコンビニを使うわけじゃないですか。
 でも心の中では店員に対して「こんなスキルも身につかずに将来性のない仕事なんか辞めなよ・・・」とか思っちゃってるわけですよね。

 これって風俗でヤることヤったあとで「もうこんな仕事辞めなよ。もっと自分を大切にしなきゃ・・・」とか言ってる利用客と構造が同じです。

 

 上にも書きましたが、システムエンジニアだってコンビニバイトだって風俗だって将来性があるかと言えばだいぶ怪しい。それは事実だし、単体として指摘する分には問題ない。もし我々がそれに反論をしたいのであれば数字として将来性があるというエビデンスを持ってこないといけない。

 だけれども普段から自分が日常的に使っているものを蔑視的な文脈で用いるのは、それはマナーとしてアウトでしょう。

 

なんでも自己責任論に押し込む社会は辛いだけ

 「悔しかったら自分で結果出せばいいだけ」という論は昔からよく叫ばれますが、最近のネット上では特この言葉を見る機会が増えた気がします。

 とはいえ何でもかんでも自己責任論に落とし込めば良いわけではなくて、ブサイクな人に「お前ブサイクだな」とは直接的に言わないわけで。

 そこで何か言い返された時に「だったら整形すればいいだけ」とは言わないじゃないですか。

 太ってる人にも「お前デブだな。そう言われたくなければダイエットすればいいだけ」

 ハゲている人にも「お前ハゲだな。そう言われたくなければ植毛するかカツラを被ればいいだけ」

 

 ・・・言わないですよね。

 

 というよりも、こんなことを言って裁判に持ち込まれたら、負けます。

 そんな中でコンビニバイトだけは自己責任論に落とし込まれてしまう。
 要するに殴ってもいい相手を選んで殴ってるだけなんですよね。

 

 とはいえ自己責任論がダメかと言うとそんなことはなく、どちらかと言うと僕も自己責任論側の人間です。
 自分の仕事に将来性がないと感じているのであれば、それは何かしら行動しないといけないと思うし、僕もそう思ってこのブログをせっせと更新したり、仕事が終わってからプログラミングの勉強をしたりしています。

 でも人ってなかなか自分から行動できないものなんですよ。

 僕も昔は猛烈な怠け者だったからこそよく分かる。今でこそ継続的に勉強ができるようになりましたが、それも色んな人のめぐり合わせや出来事を経験したからで「もしあの時あの人に会ってなかったら今でも環境に文句を言って実家でずっとダラダラしてるだけだったろうな」と思ったりします。

 自分で動き出せる人間になるのがいかに大変で運も必要かが分かっているからこそ、安易に自己責任論を推し進める人を見ると違和感を感じてしまうのです。

 

 

 もしコンビニバイトや他の何かの職業が将来性がないと本気で忠告したいのであれば、それ単体で話をすべきだし、何かを否定的な文脈で用いるという刀を抜いたのであれば、相手から斬られる覚悟も必要でしょう。それができないのであれば、刀はそっと鞘に収めておきましょう。

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