考え方

本屋巡りが楽しくなくなった

 2020年最後ということで、本日12月31日に久々に大型の本屋に行ってきました。

 僕は大型の本屋巡りが大好きで、数年前は毎週のように名古屋の栄か名駅で本屋をはしごしておりました。本のジャンルでは特にビジネス書や自己啓発書を好んで読んでおり、当時はちょっとでも話題に上る新刊はほとんど読破するほど。

 ここのところ仕事で忙しかったのもあって、しばらく大型の本屋には行けていなかったのですが、久々に気分転換として行ってみると驚いたことに全然楽しくなかったのです。今まで読んでいなかったビジネス書がたくさん棚に平積みされているのに、手に取ろうとすらしない。自分でもこの心境の変化に驚いてしまいました。

 なぜ本屋が楽しくなくなってしまったかと言うと、それはひとえに「ビジネス書を読んでも仕事は出来るようにならない。本を読むのに時間を費やすぐらいなら家に帰って愚直に勉強したり、筋トレしたほうが良い」と悟ってしまったからなのです。

 数年前、自分がなぜあそこまでビジネス書や自己啓発書を読むのが好きだったかと言うと、愚直に努力できない自分を直視しなくて済んだからなんですよね。ビジネス書を読んでいる間は「俺はこんなにも意識の高いことをしている!」と悦に浸ることが出来ますし、また心のどこかで「今の俺は仕事でくすぶっているけど、どこか自分にバッチリハマったメソッドさえ見つけられればすべてがうまくいくはずなんだ!!」と思っており、自分を一変させてくれるまだ見ぬメソッド探しに夢中になっていたのです。

 当時は自分という人間がまるでテトリスで長い棒さえ来れば積み上がってしまった不のブロックを一気に消せる人間だと思っていました。長い棒さえ来ればスコーンと今までのダメな人生を一気に変えられるはずだと信じて止まなかったのです。

 でも結局そんな長い棒はどこからともなく降りてくることもありませんでしたし、年齢もアラサーに差し掛かったところで「こりゃ一つ一つブロックを消していくしかねぇな」と悟るのです。

 

 先程本屋に行ったときに自己啓発のコーナーではやたらと「HSP」「繊細さん」「自己肯定感が低い人」向けの本が平積みされているのに気が付きました。そういった本を手にとってパラパラと中を見てみるとどれも「あなたはありのままでいい」「1日の終わりに自分の良いところを3つノートに書き出してみましょう」という優しい言葉が書かれていました。

 僕自身は心理テストをやると、どのテストでも毎回HSPと診断されてしまうセンシティブな人間です。今でこそだいぶ改善されてきましたが、学生時代などは自分に自信が持てず様々なことを試してきたものです。それこそ毎朝鏡に向かって「お前はデキる男だ」と唱えてみたり、将来の夢みたいなものを毎日紙に10回ずつ書いてみたり、寝る前に今日起きた出来事で良かったことを書き留めてみたり。でも結局ノートに「今日はマックのポテトLを2つも食べた」と書いたところで「なんと俺の人生はみじめなんだ」とほとほと嫌になり、そういった自己啓発系のことはやらなくなりました。

 結局ね、本質的な努力からは逃げられないんですよ。

 自己肯定感が低いのだって別にノートに自分の悪いところを書き出して「ふーむ、自分は論理的に考えると、とても肯定できる人生を送っているわけではないな」となって自己肯定感を下げてるわけじゃないじゃないですか。日常の中で自信が持てなくなるようなイベントに多数遭遇し、それが積み重なって自己肯定感を下げてしまっているのです。

 恐らくですが、ベンチプレス100kg挙げれてどんな相手もワンパンで倒せるほどムキムキになって、英語ができて世界のどこでも仕事に就けるような状態になってそれでも繊細マインドを持ち続けることは難しいと思うんです。だから自分に自信が持てないとか人の目が気になると感じるのであれば、まずは「ひとりでも十分生きていけるだけの環境を作る」ということに専念すべきではないかなと思います。思いますし、実際に僕はそう考えて行動し始めてからあれこれ悩むことが減りました。

 僕は男なので女性の人生がどうなのかは分かりませんが、少なくとも男の人生で「HSPだ」「自信が持てない」と表明したところで周りからは疎まれるだけで決して人生は好転していきません。だったらもうやるしかない。

 

 積み上がってしまった人生テトリスの負のブロックはひとつひとつ消していって、ここを消したらあっちがちょっと盛り上がっちゃって、あっちを消したらこっちが盛り上がっちゃって。

 その繰り返しでやるしか無いんですよね。

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