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アラサーになった今だから分かる映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』

 AmazonPrimeで映画『SUNNY 強い気持ち・強い愛』を観ました。

 つい最近まで僕は映画で嫌いだったジャンルがあります。それは「数十年疎遠だった友人と偶然再開し、ある出来事を通じ、再び絆を取り戻す」というものです。こういったジャンルは文面だけ見ると楽しそうに思えますが、実際に映画としては非常に盛り上がりに欠けることが多く、特に劇中で「銃、爆破、ブロンド巨乳美女」が出てこないと不安になってしまうボンクラ映画青年の僕としては「なんでわざわざ映画としてこんな地味なもん観なきゃいけねーんだよ」といつも毒づいていました。

 しかしアラサーになり忙しい日々を送り、連絡を取る友人も少しずつ減ってきている今、こういった映画の価値が段々と分かるようになってきました。そんな中、この手のジャンルのど真ん中を行く作品である本作『SUNNY 強い気持ち・強い愛』はそれまでの自分では考えられないほど楽しく観ることができました。

 本作は現代である2018年と高校時代の1995年(前後)が交錯して描かれます。話のストーリーとしては学園モノとして観るとベタ中のベタなのですが、時間軸を交錯させながら話を進めたり、1995年当時のヒットチャートを織り交ぜることでそういったベタ感を取り除くのに成功しています。周りに影響されて自分も垢抜けた格好をしようとするも失敗してしまうとか、年上の大学生に惚れてしまってその人お目当てに背伸びしてイベントに行ってみるも恋人がいることが分かって泣いてしまうとか、本作はキャストのほとんどが女性のガールズムービーであるものの、男の僕でも十分に楽しめるほど「青春あるある」が詰め込まれていました。ベタもうまく魅せれば「しっかりとしたストーリー」になるんですよね。

 それでいて青春映画には必須の要素である「自分もこのメンバーの一員だったらな」と思わせる場面も多々ありました。みんなでプリクラを撮ったり写ルンですを撮ったり、ファミレスで馬鹿話に爆笑したりと、文字にするとなんてことない出来事なのですがキャスト陣の好演により非常に楽しそうに見えてしまいます。現代パートでも普段は上品な言葉遣いをしていても昔のメンバーで集まるとその時の言い回しが思わず出てしまうところも「あるある!!」となってしまいました。

 伏線も随所に張られていて感心してしまいました。高校パートでとあるキャラはことあるごとに貧乳を強調されるのですが、それが現代パートになると豊胸手術をしていたり、仲間想いのチームリーダー芹香(山本舞香/板谷由夏)が浮気男に制裁を加えるシーンは単体で切り取ると無理があるのものの、ちゃんと伏線が張られているおかげで違和感がないし、しかも笑えるシーンとなっています。奈々(池田エライザ)は奈美(広瀬すず)に終始冷たいのですが、その理由もしっかりと練られている。ネタバレを避けて解説すると奈々は奈美が田舎出身であるがゆえに冷遇をしているのですが、この設定によって奈美は田舎出身というところでキャラが立つし、そういったキャラ設定があるからこそのドラマが生まれています。下手な邦画にありがちな「伏線のための伏線」がないのです。

 僕がこの映画で一番ウルッとしてしまったのは終盤でSUNNYのメンバーが未来の自分に向かってビデオメッセージを撮影するシーンです。みんなが思い思いのコメントを寄せ「会社を経営したい」「将来は美容室を開きたい」と言うわけですが、現実はなかなかうまくいかなかったりするんですよね。そんな中、主人公の奈美だけが「これからもずっとずっとみんなと仲良くいてね」と平凡なことを言います。

 ずっとみんなと仲良くいることがどれだけ難しいことか。アラサーになると身に沁みます。
 大人になると友人と少しでも意見が食い違うことがあれば距離を置いてしまい、歩み寄るということができなくなってしまいます。大人の世界は自由で、嫌な相手と関わらないでいようと思えばいつでも縁を切れるので。

 奈美のセリフを聞いたとき、僕は過去の自分を思い出してしまいました。
 あの頃の自分も、高校での仲が良いメンバーとは頻繁に連絡するではないにせよ、それなりにつながりを持ちつつ一生関係が続いていくんだろうなと考えていました。

 SUNNYのメンバー同様、僕自身も今では高校の時に仲が良かったメンバーも散り散りになってしまっていますので、そういったビターな現実に思わず目頭が熱くなってしまいました。

 

 全体的に面白い映画であると感じる一方で、問題点がないわけではありません。僕が気になったのは2点。

 1点目は「1995年の女子高生とは一体何だったのか」に対する明確な答えがない点です。

 本作のウリは1995年当時の描写にあって、コギャルやプリクラ、TKミュージックなど当時を象徴するアイコンが多数登場します。しかしながらストーリーだけを捉えてみると、この話は1995年以外でも十分成立してしまうのです。後半でリリー・フランキー扮する私立探偵が「すごい時代ですよね。日本中が女子高生を中心に回っていたのですから」と言及しますが、篠原涼子扮する奈美は「はは… まぁ…」とはぐらかしてしまいます。これがものすごく惜しい。製作者自身があの時代を異質なカルチャーとして捉えているのだから、あのカルチャーでしか起こり得ないイベントを盛り込めたらどれほどよかったか。

 劇中で多数流れるTKミュージックも、できることなら現代パートでは流してほしくなかったし、高校パートでも流し始めはせめてスピーカーから聞こえるというテイにしてほしかったですね。そうすればあの時代はどこにってもTKミュージックに溢れていたんだという描写にもなります。普通にBGMとして流してしまうとどうしてもとってつけた感が出てしまうんですよね。

 2点目は「SUNNYのメンバーが再集結する理由が希薄」な点です。

 余命少ない芹香たっての願いで奈美が奔走し、SUNNYのメンバーが再度集結するわけですが、まず奈美がわざわざ芹香のための奔走する理由が弱い。そして芹香自身も再集結を望む理由が映画的にはもう少しあったほうが良かったなと思います。奈美は芹香によってSUNNYのグループに引き入れられ楽しい高校生活を送れるようになったわけですが、例えば「SUNNYにいたからこそ今の自分の生活があるというような恩を感じているため、SUNNYのリーダーであった芹香の願いを叶えてあげたい」という設定があれば話も変わってきます。芹香も現代パートでは実業家として活躍しているみたいですが「SUNNYで培った経験があったからこそ実業家として活躍できたんだ、だから最後にもう一度メンバーで集まりたいんだ」という設定でも良かったでしょう。他のメンバーに関しても「現状何かしら問題を抱えていて、それがSUNNYで再集結することで解決する」という構成であればもっと盛り上がったのになぁ。

 

 本作の冒頭で「あの頃、なんであんなに楽しかったんだろう」「なんであんなに、笑ってたんだろう」というセリフが出てきます。この映画を2回目に観たとき、僕はふと考え込んでしまいました。

 大人になれば行動範囲も広がり、色んな人と出会うことができますが、それ以上に関係を継続するということが非常に難しくなります。少しでもお互いに嫌なことがあれば謝ることもなく、距離を置くのが一般的です。学校は閉鎖的な空間でありそれが問題視されることも多いですが、閉鎖的だからこそ相手の良い部分も見えてきて、そこから本当に気心の知れた友人と出会うことができます。

 気心の知れた友人と出会うことが難しくなった今だからこそ、『SUNNY』は自分の心に響く、とても良い映画でした。

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