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テレビ

善意と悪意のモンタージュ『ザ・エレクトリカルパレーズ』

 吉本のお笑いコンビ・ニューヨークのYouTubeチャンネルで公開されているドキュメンタリー(映画)、『ザ・エレクトリカルパレーズ』を観ました。

 YouTubeで公開されている動画ながら本編は2時間8分と長尺。中身もそのほとんどが芸人さんへのインタビューだけで構成され、画に動きはほとんどありません。字幕も必要最小限でありながらも、鑑賞した人のほとんどが絶賛し、再生回数は公開数ヶ月で100万回を突破するというまさに異例の動画です。

 

 内容としてはニューヨークのお二人が吉本の色んな後輩芸人に「『エレクトリカルパレーズ』という存在を知っているか?」と聞いて回るところから始まります。動画の視聴者に対してエレクトリカルパレーズが一体何なのかという説明も十分にされないままインタビューが続行されていくのですが、何人もの芸人さんが語るところを聞いていくと段々とその存在が分かっていきます。

 話を綜合していくとどうやら「エレクトリカルパレーズ」は東京NSC17期生のエリートたちの、その中のさらにエリートたち数組で結成されたお笑いユニットらしい。メンバーの名前の入ったTシャツを制作してはみんなでそれを着て授業に参加したり、メンバーそれぞれの名前が入ったエレパレのテーマソングまで作成されていた。まだプロにもなっていないお笑いの研修生の立場でありながらも「イッツ・ア・スモールワールド」という追っかけ集団まで存在するほど。

 こういった事実がそれぞれの芸人の口から語られ、それがうまく噛み合ったり、また、微妙に食い違ったりと、ジリジリと実態に迫っていくあたりが最高にスリリング。その様子はみんなの証言からモンタージュ写真を作成し、犯人の実像に詰め寄っていくかのよう。

 

 この動画の構成としては前半でエレパレメンバーではなかった東京NSC17期生の芸人さんのインタビューが中心となり、後半から実際にエレパレメンバーに当時どうだったのかを聞いていきます。前半の芸人さんの証言を聞いているとエレパレはどこのコミュニティにもいるイタくていけ好かないパリピグループにしか思えません。しかし後半でエレパレメンバーに話を聞いてみると前半の印象は一気に覆されます。

 価値観の揺さぶりがこの動画の一番面白いところで、前半はただひたすら嫌悪すべき存在であったエレパレがやがて愛おしい存在に見えてきます。いけ好かないと思っていたメンバーも実は孤独感からこういったユニットを結成していたことが分かったり、グループに属していながらも実はエレパレのことを嫌っていたメンバーもいたり、ただ単純に「陰キャを見下す陽キャの集まり」とカテゴライズするのが難しくなってきます。

 エレパレを外から見ていたメンバー、そして実際にエレパレに加入していたメンバーの多様性が絶妙で、この動画を見ていると必ず誰かには感情移入できるシステムになっています。だからこそこの動画を見た人は自分の感想として「俺の学生時代にもこんなグループがあってー」と、自分の実体験と併せて語ることが多い。エレパレはあくまでも東京NSC17期生のお話でありながらでも、この陽キャグループVS陰キャグループという構図はどこにでも発生する画なのです。それゆえ色んな人の共感を誘ってしまう。

 最後ニューヨークのお二人が色んな芸人さんに「あなたにとってエレパレとはなんですか?」と聞いて回りますが、僕はエレパレが「どこのコミュニティでも発生する人間関係のすべて」だと思っています。コミニュティが出来るたびに必ず上下関係のようなものは発生しますし、その中で陽キャが陰キャを見下す。そして陰キャは陰キャで陽キャを嫌う。とはいえ陽キャのグループも全員がそのグループにいることを望んでいるわけでもない。エレパレはその陽キャグループひとつだけでは成立し得ないのです。

 

-------------ここからネタバレ---------------------

 

 ここから核心部分。

 先程僕はこの動画を「みんなの証言でモンタージュ写真を作成し、実像に迫っていく」と評しましたが、モンタージュという点でもうひとつ語りたいことがあります。

 映画においてモンタージュ理論というものがありまして、これは「同じカットを使っていながらも、カットを出す順番によって観客が受ける印象が異なる」というものです。

 例えば「歯を磨いている男性」「キスシーン」という2つのショットがあるとします。 ここで先に歯を磨いている男性を先に映し、そしてキスシーンが出れば、男性はその女性のことがとても好きなんだということが分かります。しかしここでキスシーンを映した後で歯を磨いているカットが出れば、その男性は女性のことが嫌いなのか潔癖症なのかは分かりませんが、とにかく良い印象にはならないでしょう。

 ここでエレパレ本編に話を戻しますが、この動画、構成としては前半にエレパレを悪く言う外部の人間と、後半でエレパレ内部の人間を写しています。この構成で観ている我々としてはエレパレメンバーに対してほとんどが好感を抱き、それでいてこの動画をまるで青春映画のように捉えることができます。ただし、もしこれが現在公開されている動画と全く同じ素材で、構成だけ前半と後半を入れ替えたらどうなるか。きっとエレパレを「崇高なことを言いながらもやっていることはイタいパリピ集団」にしか映らなかったのではないかと思います。

 そしてもう一つはこのお話でまるで悪役かのように描かれていたラフレクラン・西村さん。劇中で狡猾な人間かのように描写されていますが、本作を観て少し時間をおけばきっと彼は悪意のある編集でそういう風に仕立て上げられてしまったのだろうと考えることでしょう。しかしそうやって悪意がある感じで編集されているように思えるものの、彼がエレパレメンバーと行動を共にして実際にやっていたことはキレイに削ぎ落とされているのです。

 劇中でも西村さん本人が軽く触れていましたが「エレパレメンバーで一番暴れていたのは俺」と。イケメンでミスター慶應にも選ばれ、広島のテレビ局でアナウンサー経験もある西村さんからしたら、NSCに入った当初は無双状態だったでしょう。でも西村さんを始めとして他のエレパレメンバーに対しても彼らが実際エレパレとしてどんなことをやってきたかは全く説明されない。

 だからこの作品の中でオズワルドの伊藤さんが異彩を放つ形で頑なにエレパレを「あいつらは単なるセックスサークルだ」と断罪します。今まで本編を観てきた観客と、最後にまた出てくる伊藤さんで異様な温度差が発生するのですが、それは良い部分しか見てきていない観客と、実際にリアルタイムでエレパレメンバーの悪行を見てきた伊藤さんではどうしても意見が分かれてしまうのです。

 

 悪意のある編集をされながらも、実は一番見せたくないところは見せていないという奥深い作品『ザ・エレクトリカルパレーズ』でした。

 一度本編を見ればどんな人でも必ず語りたくなってしまうような魅力がたくさん詰まった作品です。

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