映画

サラリーマンの悲哀を描く『浅草キッド』

 Netflixで『浅草キッド』を見ました。

 

 原作・ビートたけし、劇団ひとり監督/脚本によるNetflix映画『浅草キッド』。
 本作は若き日のビートたけしが浅草のフランス座で師匠となる深見千三郎から芸の指導を受け、やがてはテレビで漫才師としての頭角を現すまでの過程を描いた人間ドラマ。

 以前から各所で評判を呼んでいる本作については観たいと思っていたもののNetflixに加入していなかったので断念。しかしながら先日YouTubeで劇団ひとり監督のメイキングを観ていよいよ我慢できずに本作を見るためだけにNetflixに加入しました。

 

 本作の感想を言うと、100点満点中90点。
 僕は映画を観ていて泣くことはあまりないのですが、本作は観ていて思わず涙が溢れてしまいました。

 それはこの映画がビートたけしと師匠の深見千三郎との師弟関係を描いたヒューマンドラマに見せかけて、その根底にはどこにでもあるサラリーマンの悲哀を描写しているのです。

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『浅草キッド』予告編より

 

 先にこの映画の弱点を挙げます。
 それは若き日のビートたけしをあまりにも暗い青年として描きすぎたこと。

 映画の前半は若き日のビートたけしが浅草の演芸場・フランス座でくすぶり、鬱屈とする日々を描いているのでこのキャラ設定は非常にマッチしているのですが、その分後半で漫才師として活躍していく姿に多少の違和感がありました。若干ADHDの気があるようにも描いていて、とてもお笑い芸人としてのカリスマ性があるようには見えません。

 若き日のビートたけし役である柳楽優弥さんは芸達者な方なので、カリスマ性があるような演技もできたのでしょうが、そこは監督である劇団ひとりさんがきっと抑えめに演出したのでしょう。

 なんにせよ柳楽優弥さんの演技は本作を観た人であれば誰もが称賛する仕上がりでした。『浅草キッド』を実写化するにあたってビートたけし役を柳楽優弥さんが演じると聞いたときは「ビートたけしに似せる気はないのか」と思っていましたが、劇中では開始1秒から「似てる!!」と思わせてくれました。

『浅草キッド』予告編より

 

 さて、ここからが僕が本作を楽しんだポイントの解説ですが、まず映画というものについて話させてください。

 以前映画評論家の町山智浩さんが講演の中で「優れた映画というのは必ず社会風刺の構造を持っている」とおっしゃっていました。分かりやすいところで言えば邦画の『シン・ゴジラ』はゴジラという怪獣を描きつつも、その実描いているのは原発の利便性とその恐怖です。古いところで言えば洋画の『エイリアン』は共産主義社会に脅かされる資本主義社会の言いしれぬ恐怖を描いています。このように優れた映画はストーリー自体はフィクションであるものの「この話、どこかで見たことあるぞ」思わせてくれるのです。

 その点で言えば本作『浅草キッド』はこの記事の冒頭でも書いた通り、師弟関係を描いたヒューマンドラマに見せかけ、どこにでもあるサラリーマンの悲哀を描いています。

 若き日のビートたけしは浅草のフランス座で師匠の深見千三郎から芸の指導を受け、最初は笑いなど全く取れなかったのが、次第にたけしのコント見たさに客も集まるようになります。ところが時代は舞台による演芸ではなくテレビに移行しようとしており、フランス座の客は減る一方。来ている客もストリップの観賞を目的としている人がほとんどで、幕間にコントを披露しても思うように次につながっていきません。
 舞台を愛しテレビを毛嫌いする師匠の深見のこともあり無碍にフランス座を離れることもできず、鬱屈とする日々を送るたけしですが、ある日その我慢も限界に達します。

たけし「フランス座、辞めます。辞めて外で勝負させてください。漫才やることにしたんです。」

深見「何言ってんだこの野郎! ちょっとばかりコントができるようになったぐらいで外出てぇだと! しかも漫才だと? てめぇ俺の下で何見てきやがったんだこの野郎! あんなもんはな、芸でもなんでもねぇんだよ!!」

たけし「金とる客だってほとんど入ってないじゃないですか。ここにいたんじゃテレビにも出れねぇし。裸見たさの客笑わして何になるんだよ。いくらここで爆笑さらったって何にもなんねんじゃねぇかよ」

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『浅草キッド』予告編より

 

 僕はここのシーンで気づいたら涙がボロボロとこぼれ落ちてしまいました。このシーンが過去の自分と重なってしまったのです。文系の大学を卒業し事務職を経験したあと、未経験から弱小メーカーでエンジニアとしてのキャリアをスタートさせたのですが、そこでの鬱屈した日々が劇中たけしと同じなのです。

 先の見えない事務職からエンジニアに転身し、スキルを身に着けどんどんと給料を上げていきたいと思うものの、やはり企業である以上は年功序列というものがあってすぐには上げられない。特に弱小のメーカーでは自社製品も名前は知られていなければ何をやるためのものかよく分からず、売上は芳しくない。売上の軸である受託の仕事は言わずもがな頑張って成果を挙げたところで元請けが儲かるだけ。
 所詮は弱小メーカーで頑張ったところで報酬として跳ね返ってくるわけでもなく、転職市場に出てみても会社のネームバリューが弱いため評価がされづらい。だとすればただ目の前の仕事を追うだけでなく、なんとか市場で評価されるような実績やスキルを身に着けて早急に大手に転職するしかありません。

 そこから僕は大手に転職するための武器として電子工作やTOEIC、VBAの勉強を開始するわけですが、その中で会社からのお金で研修にも多く行かせてもらいました。ある程度スキルも身についたところで転職活動をして内定も出て、会社に辞める旨を伝えたのですが、その時のやり取りがまさに劇中のたけしと深見のやりとりそのものなのです。

上司(部長)「お前にはだいぶ期待していて、それでお前からの提案で研修にもずいぶん行かせてやったが、どうしても辞めるのか?」

僕「部長には大変良くしていただいたのは実感しております。しかしエンジニアとして食っていくと腹を括り、スキルも身についた今、弱小のメーカーに勤め続ける理由が僕にはどうしても無いのです」

 

 僕には劇中の深見師匠がかつて業界で一発当てた社長に見え、そしてたけしが有能な若手サラリーマンに見えました。

 深見は業界で一発当ててしまったからこそいつまでも過去の自分のやり方に固執してしまい、自分のパイを奪っていくテレビや漫才を毛嫌いしている。たけしは有能であるがゆえに深見の固執する舞台演芸に限界を感じてしまっている。そして深見自身も限界についてはうっすらと自覚しているのです。

 かつて天才と呼ばれた深見も時代の波に呑まれ、やがては普通の人として暮らさなくてはならなくなってしまうところに、人生の悲哀を感じました。

 

 普段の破天荒な芸風とは裏腹に劇団ひとり監督の作品作りは意外なほど堅実。的確な伏線と、重要なところではセリフに頼らず画だけで心情を描くところも非常に好感が持てました。

 社会人をある程度続けたからなら誰でも響く、とてもよい映画ですので、オススメです!

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