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考え方

冷笑系の時代の終わり

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 本記事を執筆している2026年5月から遡ること2ヶ月、世間ではワールド・ベースボール・クラシック(WBC)2026が開催され、日本は惜しくもベスト8での敗退となりました。

 前回大会では優勝を果たしているだけに世間の期待は大きく、「優勝するのが当たり前」な雰囲気すらありましたが、準々決勝で当たったベネズエラの勢いは日本を圧倒していました。結局のところベネズエラは決勝にてアメリカを相手にして3-2で破り、悲願の優勝を成し遂げたのです。

 惜しくもベスト8での敗退となった日本ですが、僕は彼らにかけられる世間の声に大きく驚きました。

 「侍JAPANはよく頑張った」
 「責めるのは間違いだ」
 「ベスト8でも十分な功績だ」

 もちろん誹謗中傷の声はあり、特に敗戦原因を作ってしまった伊藤大海投手には数多くの批難が寄せられたものの、良し悪しは別として過去の国際大会における反応を考えてみれば想定の範囲内でしょう。

 自分としては選手たちに対して「胸を張って日本に帰ってこい」という言葉がこれまでに比べて数多く寄せられていたように感じました。

 そもそも、今回のWBCはNetflixの独占配信ということで、ある程度のリテラシーがある人間しか視聴できなかったというのも一因かと思います。

 僕はこの一連の流れを見て「冷笑系の時代はいよいよ終わりを迎えたんだな」と思いました。

 一般家庭にインターネットが普及し、誰もが自分の意見を世間に発信できるようになった2000年代後半から、インフレが始まった2020年代初頭までの時代はまさに「冷笑系の時代」でした。

 バブル崩壊からなる就職氷河期を経て、日本がデフレになり、長く「頑張っても報われない時代」が続きました。「みんなが等しく貧しい時代」はある種冷笑系にならざるを得ない土壌だったと言ってもよいでしょう。

 特に自分は映画界隈に属していたので、あの頃の空気感はよく覚えています。

 脳天気なハリウッドの超大作映画をいかに面白おかしくコケにするか。『トランスフォーマー』のマイケル・ベイや『ホワイトハウス・ダウン』のローランド・エメリッヒなど、超大作映画を撮る映画監督をこぞって個人ブログがこき下ろしていました。

 当時人気を博していた映画レビューサイト『allcinema』はこの頃の負の遺産が多く残っています。
 現在になって当時公開されていた超大作ブロックバスター映画のレビューはとても読めたものではありません。

 また当時のビジネス書を見ても「好きなことで生きていく」「会社はオワコン」のような、既存の社会を否定する文脈の本が人気を博していました。

 しかしそんな時代は終わりました。
 答え合わせの時間が来てしまったのです。

 冷笑系が終わりになった理由は大きく分けて3つあります。

 1つ目の要因はインフレです。

 インフレは放っておくだけで物価が上がります。言い換えれば何も行動をしないとそれだけで損をするのです。すなわち自分から成果を出そうとしない人間はそれだけでどんどん取り残されていきます。

 今まではデフレの時代で誰もが平等に貧しい時代は、じっと何もしなくてもある程度正解とされてきました。
 しかし現在では今までの最適解とは真反対に、じっとすることが一番の不正解となってしまったのです。

 こうなると成果を出せない、出そうとすらしない人間には風当たりが非常に強くなります。口では色々と言ってみても「じゃあお前はコミュニティにどう貢献できるんだ?」と問われれば一撃で終わってしまうのです。

 2つ目は、AIの登場です。

 AIの登場で現代は「やりたいことはなんでもやれる時代」になりました。

 どんなに高度な内容でも無料で調べることが出来ます。文章だって音楽だって、果てには動画だってパソコン1台自分一人で完結して出来てしまう。

 一昔前に「氷河期世代は自己責任と言われてもなと思うITエンジニア」という記事がバズっていましたが、この記事が言うところの「今はネットのお陰でなんでもできるけど、俺らの時代は色々厳しかった。カーッ、俺がもっと若かったら簡単に成功できたんだけどよ!!」というお話はあまりにも空虚です。「じゃああんた今の便利になった時代になんでやらないの?」という話になるからです。

 それこそ10年前20年前は良くも悪くも「やりたくてもやれない時代」でした。だからこそ「俺も今の時代に生きていればよ」と言えました。でももう金銭的、技術的なハードルは何もなくなってしまっているこの時代に「もしも○○なら」という言葉は虚しく響くだけでしょう。

 今やクリエイティブなことはなんでも出来ます。AIに限らずYouTubeを見ればありとあらゆる解説動画があるし、個別の具体的な話はそこからAIに聞けば瞬時に回答をもらえます。ある種クリエイティブ最後の牙城であった動画だって、ハリウッドに負けない映像がパソコン1台で出来てしまう時代です。これでは「俺が映画監督をやればこんな駄作は作らない」なんて恐ろしくて言えません。

 そして最後の3つ目の要因は、会社員のような一見つまらなそうな仕事を否定しつつも好きなことで生きていくためには膨大な努力が必要だし、自分が心底楽しいと思えることでマネタイズできる人間はごく一部であったと露呈してしまったからです。

 SNSを使って自分自身をブランド化し、世間には豪華な生活をアピールする。ただこんなやり方で通用する人間は本当にごく一握りだったのです。

 結局あれだけ既存の社会を否定していたインフルエンサーも時流が悪くなれば、自身の持つブランド力を武器に一般企業に就職したり、または大学教授として役に就くなどしている。また自身で会社を起こしてみても、そこではかつて自分が否定していたような既存の会社と変わらないようなトップダウンの規律を社員に求めていたりしたのです。

★★★

 昨今のインフレ時代は厳しい時代ではあるけれども、やっと社会が正しい方向に戻ってきたのかなとも思います。
 ここ30年近く日本は努力する人間を否定しすぎた。

 ここまでの話をまとめると、成果物を出さない冷笑系はサステナブルではなかったということです。

 自分で獲物を獲ってきたり、畑を耕している人間に対して、何もしていない人間が上から目線でモノを言うのはおかしいのです。誰もが少なくとも「成果を出そうとする姿勢」だけは持っていないとダメです。何もしていない人間が偉そうに「成果を出すことがすべてじゃない!!」と言ったところで、何もしない人間に与えるエサはもう無いのです。

 やれば何でもできる時代は、やるしかありません。



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