※当サイトではアフィリエイト広告を利用しています

AmazonPrime 映画

突出して悪いところはないが、あらゆる要素が平均点より少し下『氷菓』

 AmazonPrimeで『氷菓』を観ました。

 ※今回の作品はAmazonプライム会員であれば無料で視聴可能です。→AmazonPrimeビデオ

 

上映時間

 114分

 

オススメ度

 星5点満点中:★★

 

ストーリー

 神山高校に入学した折木奉太郎(山崎賢人)は、姉の指示で渋々廃部の危機にある古典部に入部する。もともと必要最低限のことしかやらない“省エネ主義”の彼は、ここで誰よりも好奇心旺盛な千反田える(広瀬アリス)と知り合う。さらに折木と中学校時代から付き合いがある福部里志と伊原摩耶花も入部してきて……。<Yahoo!映画>

 

感想

 2001年に米澤穂信により執筆された、ライトノベル系推理小説『氷菓』。

 2012年に京都アニメーションによりアニメ化された際は、深夜枠にもかかわらず最初から2クール全22話で制作され、またそのクオリティの高さより視聴者から絶大な支持を受けました。

 実は当時大学生だった僕もリアルタイムで観ていた身で、「人が死なない学園ミステリー」という斬新な切り口に大いにハマッてしまいました。

 頭の切れる主人公が次々と爽快に事件を解決していくだけでなく、時にはほろ苦い展開もあったりと話の展開の巧さに毎週感心していたのを覚えています。

 TVアニメの放送が終わってから5年後の2017年に実写映画が発表されると、「誰が主人公の折木奉太郎とヒロインの千反田えるをやるんだろう?」と楽しみにしていたら、案の定も案の定、山崎賢人と広瀬アリス。
 主人公の折木奉太郎はやれやれ系主人公なので山崎賢人はほぼ確定だったのですが、ヒロインの広瀬アリスはちょっと意外でした(僕は広瀬アリスの大ファンなんですけどね)。僕の予想だと川口春奈かなと思っていたのですが、山崎賢人×川口春奈は『一週間フレンズ』の方で実現することとなります。

 僕は割と実写版の『氷菓』に期待していて、公開当時は劇場にも駆けつけようと思っていたのですが仕事の関係で断念。その後興行成績を見ると1.8億円の大爆死じゃないですか。
 最も旬な山崎賢人×広瀬アリスの組み合わせを使っておいて1.8億って大爆死どころの騒ぎじゃないし、『氷菓』自体そこまで大きく外すような題材でもないので、一体何がダメだったんだ? と思っていたところ、今回AmazonPrimeに追加されたので観てみることにしました。

 それで観た感想はと言うと「突出してダメな部分はないけれども、すべての要素が平均点以下のため、総合してみると駄作になってしまっている」というところです。

 今回はなぜ実写版『氷菓』に突出してダメな点がないにもかかわらず駄作となってしまったかについて語りたいと思います。

 

実写版で失われてしまった、テンポ

 まずこの実写版『氷菓』を語る上で絶対にアニメ版は欠かせません。

 アニメ版の『氷菓』の一番何が良かったかと言うと、それはひとえに「テンポ」に尽きます。確かに「人が死なない学園ミステリー」という今までにないジャンルの切り口も視聴者を引きつける大きな要因ではあったのですが、アニメ版はとにかくテンポが良い。

 僕は普段からアニメをそこまで観るわけではないので大きい口では語れませんが、アニメ版の『氷菓』は登場人物たちがとにかくずっと喋っていて、話を前へ前へと転がしていくのです。
 特に僕が感心したのは間の埋め方で、例えばメインのキャラクターたちが推理合戦をしてずーっと喋っているシーンがあるんです。けれども同じキャラクターたちでずっと喋っているとそれはそれで間が持たない。だから途中であるキャラクターが「ごはんつくりますね」と言って強制的に場面を変えさせるのです。そうすると観ているこっちとしては意識が逸れるので精神的に一旦休憩ができる。その後またメインキャラたちがガーッと喋るんですけど、また息が詰まってきたところで今度は「ごはんができましたよ」と言ってそのキャラクターが入ってきて小休止となる。

 単純にセリフとセリフの間を詰めるだけでなく、ちゃんと観客のテンションも意識した素晴らしい物語設計となっていて非常に感心したのを覚えています。

 ところが実写版の場合はとにかく間延びしている。
 一人のキャラクターが喋ってはほんの少し間ができて、別のキャラクターが喋っては間ができてと、非常に無駄な時間が多い。ひとつひとつは大した間でもないのですが、それが積り重なってくると段々とイライラしてきます。
 特に間に関しては編集でもっと詰めれるはずがそれをしていないところに甘さを感じました。多分ちゃんと間を詰めて編集したら公開時の114分から90分ぐらいまでは詰めれそうな気がします。

 

演出を行わない監督と、真摯な役者たち

 原作モノの映画化は大抵製作者がオリジナルな要素を入れて炎上を起こしますが、実写版『氷菓』の場合はそれの逆。本作には原作にはなかったオリジナリティというものが存在しません。
 一応本作はアニメの実写版ではなく小説の映画版という位置づけらしいのですが、なんというか出来上がった作品は小説に書かれている文字をそのまま映像化しただけの代物というか、監督の「こうやったら観客は楽しんでくれるだろう」といった工夫が全く見られませんでした。多分監督は現場でも役者さんたちに何も演出を行ってないと思います。
 逆に役者さんたちは監督が何も演出を行おうとしないので「なんとかしなきゃ」と思って、アニメ版を観るわけです。とすると役者さんたちはどうしてもアニメ版のモノマネ芸になってしまうのですが、アニメの(声優さんたちの)演技メソッドを実写に持ち込んでも当然うまくいくわけがありません。

 特に里志役の岡山天音はアニメの再現度としては非常に高かったですが、実写のキャラクターとしてはだいぶ無理がある。
 ヒロインの千反田えるはアニメだと成立するような天真爛漫お嬢様でしたが、広瀬アリスは自身の演技プランで「アニメ版をそのまま再現したら失敗する」と思ったのでしょう。実写としてはギリギリあり得なくもないキャラに収めていましたが、ただそれって意味あるんですかね。『氷菓』の面白さって、千反田えるの現実感のなさも大きな要素の一つだと思っていたのですが、それが実写版では削除されている。本当であれば物語の序盤で「千反田えるがどれほどの金持ちの農家の娘なのか」「なぜえるはあそこまで好奇心旺盛になってしまったのか」という説明を執拗なほどしなければならなかった。そうすることで「う~ん、千反田えるのキャラクターもあり得なくもないか」と観客に思わせる必要があった。
 が、監督はそれを怠ってしまっている。

 

映画的カタルシスの欠如

 僕がこの実写版を観ていて一番驚いたのは「あれ、『氷菓』のお話って、こんな単純だったっけ?」というものです。

 アニメ版の場合ですと、登場人物たちがその圧倒的なセリフ量で色んな推理を展開してはその可能性を潰していき、ジリジリと真実に近づいていくからこそ段々とテンションが上って、最後に解決できたときには「よくもまぁこんなお話を思いついたな」と感心していたものですが、実写版では割と簡単に真実にたどり着いてしまうので、映画的な爽快感があまりありませんでした。

 また主人公の折木奉太郎のキャラ設定としてはやれやれ系になるわけですが、せっかくこんなキャラ設定をしているのにもかかわらず事件を解決しても全く成長をしないのですよ。
 映画のシナリオの定石としては「何事にも面倒くさがっていた主人公が、好奇心旺盛で色んなことに首を突っ込みたがるヒロインと出会い、彼女が発端となった事件に巻き込まれ、それを解決することで自発的に行動する大切さを知る」みたいな流れになるわけですが、本作にはそれがない。だとしたらなぜ主人公をやれやれ系にしたのか。あくまで設定のための設定になってしまっています。

 以上が実写版『氷菓』のレビューとなります。

 振り返ってみると『氷菓』を実写化するのがそもそも難しい作業だったのかなと思います。本作のメインターゲットとしては明らかにアニメ版を観ていた層になるわけですが、アニメ版を観ていた層が山崎賢人と広瀬アリスに魅力を感じるかと言ったらかなり難しい。二人は若いし、リア充感が強すぎる。
 映画のテンポも終始間延びした感じで、恐らく2時間で1000カットいってないんじゃないかなと思います。今どきのテレビ特番でやる2時間のバラエティとなると3000カットは超えるとのことなので、そういう感覚に慣れ親しんだ若い子が本作を観たら耐えられないんじゃないでしょうか。

 アニメ版が非常に優秀だったため、残念でした。

 

※今回紹介した作品はAmazonPrime会員の無料体験でも視聴可能です。

 

-AmazonPrime, 映画

© 2024 名古屋とエンジニアリング