映画館で『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』を観ました。
上映時間
129分
オススメ度
星5点満点中:★★
ストーリー
高校生のピーター・パーカー(トム・ホランド)は夏休みを迎え、親友のネッド(ジェイコブ・バタロン)やMJ(ゼンデイヤ)たちとヨーロッパへ旅行に行く。ところが、ピーターの前にS.H.I.E.L.D.の長官ニック・フューリー(サミュエル・L・ジャクソン)が現れ、彼にある任務を与える。<Yahoo!映画>
感想
『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』を上映最終日になんとか観に行ってまいりました。
今回は上映もほとんど終わったということでネタバレ全開で行きたいと思います!
ミステリオの設定、あれはナシだろ
さて、今回のメイン登場人物であるミステリオですが、序盤は味方として現れます。
僕は事前にミステリオが原作では敵として登場し、色んなトリックを駆使して(実際は"コケオドシ"と言ったほうが正確だそうですが)スパイダーマンを翻弄すると知っていたのと、映画でもエレメンタルズのバックグランドがほとんど描かれないままお話が進行することから「はは~ん、これはミステリオ、途中で敵だと分かるパターンだな」と思っていたら、本当にヒネリもなくその通りだったので逆に驚きました。
そしてミステリオは実はホログラム映像を駆使して、自分が特殊能力を持ってエレメンタルズと戦っていたかのように見せかけ、フューリーやスパイダーマンを騙していたわけですが・・・
いや、それ、無理があるって!!
ドローンを駆使して周りにホログラム映像を見せて、それと同時に建造物も破壊することで自分に特殊能力があるかのように思い込ませるトリックって、僕の中では「ナシだな」と判断してしまいました。
というのもアイアンマンから始まるマーベル・シネマティックユニバースの作品群って「現代にスーパーヒーローが現れたらどうなるか」をリアリティをもって描くのがコンセプトだったと僕は理解しています。
そのために『マイティ・ソー』なんかはシェイクスピア映画を多く手掛けるケネス・ブラナーを引っ張ってきて、アメコミ映画なのにまるでシェイクスピア劇かのような格調高い物語を作ることでリアリティを持たせていたはずなのですが、『アベンジャーズ:エイジ・オブ・ウルトロン』のヴィジョン登場あたりから段々とおかしくなってきました。
『アベンジャーズ:エンドゲーム』ではお祭りとして完全にリアリティを振り切った演出をしていたので、その直後である本作も同じようにすればよかったのに、していない。
ソーやヴィジョンやキャプテンマーベルなどの超人が出てきているので、同じくミステリオも彼の言葉通りに異次元から来た超人という設定にすればよかったのに、変にリアリティを持たせて単なる天才エンジニアにして「ドローンで周りにホログラム映像を見せてました」とするから却ってリアリティがなくなってしまっています。
最低限空は飛べるような力はあって、それに付随して周りに幻覚を見せる能力があるという設定にすればよかったんですよ。
このタイミングでミステリオをイチ単なる人間として表現しなきゃいけない理由なんてなにもない。
僕は物語の中盤でミステリオが単なるトリック映像を作るのに長けた人間というのが明かされたときに「あー、これミステリオが単なる人間だったらラストバトルどうすんだよ。ミステリオ自身がスパイダーマンと同格に戦えないとカタルシス生まれないぞ」と思っていたら、やっぱりラストはホログラム映像を出しているドローンの破壊に終止してしまって、ミステリオ自身との殴り合いはほとんどありませんでした。
アクション映画の定石として、やっぱり最後は敵本人が主人公と殴り合えないといけません。
あぁ、なぜミステリオを単なる人間として描いてしまったんだ!
悩めるヒーローの復活
ミステリオ自身の設定に関しては色々と遺憾に思いましたが、じゃあ物語全体が全く楽しめなかったのかというとそんなことはなく、日常パートはそれなりに楽しく見ることができました。
元々このスパイダーマンは「強大な力を手に入れてしまったことに悩む青年」の葛藤がウリなわけじゃないですか。
前シリーズのアンドリュー・ガーフィールド版のスパイダーマンは当時流行っていた『トワイライト』や『ハンガー・ゲーム』の様なティーン向け恋愛映画の影響を受けすぎて、重みが全く無かったのが気になっていました。
それにガーフィールドとエマ・ストーンが撮影中カットがかかるとイチャイチャしている様子が容易に思い浮かんでしまうので、嫉妬で映画どころではなくなってしまうのが嫌なポイントでした。
(エマ・ストーンはデビュー作の『スーパーバッド/童貞ウォーズ』からのファンなので)
それがこのトム・ホランド版スパイダーマンでは再び葛藤が描かれるようになったのが良かったなと思います。
特にトム・ホランド演じるピーター・パーカーが「自分は次のアイアンマンになれるのか?」と葛藤し、終盤ではアイアンマン=トニー・スタークへの想いを涙目で語るシーンは思わずグッと来てしまいました。
それまではトム・ホランドの軽妙な演技もあってサクサクと物語が明るいテンポ進んでいたため、コントラストが効いてるんですよね。
ただここもなぁ。
もしミステリオを単なる人間として描くのであれば、アイアンマンや他のアベンジャーズのメンバーの特殊能力をコピーした戦闘スーツに身にまとい、その上ホログラム映像を駆使するキャラだったとしたら、それはそれで話ももっと盛り上がったんじゃないかと思います。
「次のアイアンマンになれるのか?」と悩んでいるピーター・パーカーがアイアンマンのコピーであり更に特殊な能力を身に着けているミステリオを倒すことで「次のアイアンマンになる」という成長物語にできたのに!!
80年代青春ストーリー
『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』を観ていて思ったのは「なんかこの映画のタッチ、80年代のブラッドパックが出演していた青春映画にテイストが似ているな」ということです。
ブラッドパックが何かについてはWikipediaの記事を観てほしいのですが、簡単にまとめるとエミリオ・エステヴェスを始めとする若手イケメンスターたちの呼び方で、80年代は彼らをフィーチャーした青春映画が大量に作られていたのでした。
・・・と思って同じことを考えている人はいないかなとGoogleで検索したらこんな記事を見つけました。
これは前作ホームカミングの時の記事ですが、やっぱりブラッドパックの映画に影響されていたんですね。
テイストはあの頃で、テンポ感やギャグの多さは現代にアップデートしている。
単純に「80年代のあの頃の映画って良かったよね!」といってそのままトレースせずに、現代の観客に合わせてくるのがハリウッドのすごいところだなと感心してしまいます。
以上のように「こうすればもっと面白くなったのに!」と思う部分はあるものの、結局の所上映時間の129分はあっという間だったように思えます。
映画レビューサイトを見ると絶賛している人も多いので、ミステリオの設定がアリなら大いに楽しめるかと思います。
なんだかんだ言って次作も観に行っちゃうのかなぁ(笑)