考え方

平成生まれは氷河期世代をどう見ているか

 僕は平成初期の生まれなのですが、そんな平成生まれもいよいよ「オジサン」「オバサン」と呼んでも差し支えない年齢となりました。更にはつい先日まで「先輩」という不安定な存在をやっていたのが今では「主任」やら「係長」「課長」など、会社からも正式な肩書を付与され、いよいよマネジメントする側に立つようになってきました。

 そんな平成生まれで集まると最近では仕事の話も多く出るようになり、中でも氷河期世代の話になると決して少なくない人間が冷笑的なコメントを吐くのです。

 氷河期世代に対する意見は以下のようなもので

  • 一体いつまで国や時代のことを悪く言ってるのか
  • いくら国や時代が悪かろうと、資格でも業務スキルでも身につけられるものもあっただろう
  • 文句ばかり言う割に、裸一貫のままとはどういうことなのか

 と、文句を言う前にやるべきこと(できること)をやっていない姿勢を冷ややかに見ています。

 かくいう我々平成生まれも国や時代の恩恵にあずかった記憶はなく、生まれた頃にはバブルが既に崩壊しており、幼少期には事あるごとに「バブルのときは良かった」と聞かされました。学校に入れば頼んでもいない教育制度の改革で授業時間と内容を減らされ「ゆとり世代」と嫌味を言われ、就職をする頃には終身雇用や年功序列は完全に崩壊し、将来もらえないことが分かっている年金を虚しくも払わされるのです。
 生まれた頃からずっと「不景気だ」と言われ、色んな専門家がああでもないこうでもないと議論を交わしていますが、日本を覆う空気はずっとどんよりしたままです。

 ただ、今の平成生まれはそんな日本の状況を悲観的には捉えておらず、むしろこの状況を肯定しています。今までずっと景気が悪い姿を見続けていたため「世の中とはそんなものだ」と受け入れ、そして自分たちがマネジメントする側に立つようになると「今ある環境の中で最大限努力し、少なくとも自分とその周りの人間だけでも幸せに暮らせるようになろう」とその思いを強めています。その意識が反映されてか、調査によると小中学生の家庭での学習時間は近年増加傾向にあるようです。(更に社会人の勉強時間を見てみると年代別では氷河期直撃の40~44歳が一番短い)

 現状を肯定し、実際に行動を始めている平成生まれからすると、いつまでも文句しか言っていないように見える氷河期世代は幼稚に感じるのも仕方ないでしょう。

 とはいえ、僕は周りの友人が氷河期世代に対して辛辣な意見を飛ばす様子をなんとも言えない表情で見ています。というのも我々平成世代がいつまでも文句を言っていても仕方がないと思えるようになったのも、それはやはり氷河期世代の姿を見てきていたからだし、有効求人倍率が0.49倍しかなかった時代に就職活動をしなければならなかった辛さは当時を体験した人でなければ理解できないことです。

 特に氷河期世代は団塊世代の子供であり、彼らの親世代は努力すれば報われるどころか努力しなくても報われるような時代でした。自分たちが学校を卒業する直前までバブル景気によって先輩たちが大して就活をしなくても高待遇で企業から内定を勝ち取る様子を見ていれば「なんで俺たちの親世代やちょっと上の世代は苦労もせず就職できたのに、俺たちだけは苦労を強いられるんだ」と思うことでしょう。

 僕もこのブログで「毎日1時間勉強を3年続けたら年収が150万円上がって、大手企業に転職できました!」なんてゴキゲンに記事を書いていますが、すべて自分の力だけで大手への転職に成功しただなんて全く思っていなくて、色んな人との出会いや出来事の積み重ねでここまでこれてます。ときおり「あの時あの出来事に遭遇してなかったら今自分はどうなっていただろうか」と考えるとゾッとします。だから僕はこのブログで条件を付けずに「誰でもやればできる!!」とストレートに意見を表明してきたことはありません。自分の人生、自分だけでコントロールできることは限られているからです。

 平成初期の生まれの自分たちが「やれる範囲でできることをやっていこう」という考えを持っている以上、その下の世代の子たちは更にその思いを強めていることでしょう。そうすると氷河期世代に対する風当たりは今以上に強くなるのではないでしょうか。

 そのときに氷河期世代はどうなるのか。

 世間から切り捨てられてしまうのか、彼らのマインドが変わるのか。



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