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映画

【ネタバレ】僕はピーターパンさ 映画『Michael/マイケル』

 映画館で『マイケル』を観ました。

上映時間

 127分

 

オススメ度

 星5点満点中:★★★

 

ストーリー

 野心家の父ジョセフのもとで厳しいレッスンを受け、兄弟グループ「ジャクソン5」のメンバーとして幼くして成功を収めたマイケル・ジャクソン。やがて名プロデューサーのクインシー・ジョーンズと出会った彼は、ソロアーティストとして数々の歴史的名曲を生み出し、瞬く間に時代の寵児となっていく。しかしその栄光の裏には、早熟の天才ゆえの孤独感や、強権的な父の呪縛、家族への愛と自分の中にあふれるビジョンとの間で葛藤するひとりの人間の姿があった。<映画.com>

 

感想

 初めて予告を観てからというもの、長らく楽しみにしていた本作。
 公開3日目にScreenXという上映形態で観てまいりましたが、率直な感想はというと「思っていた映画と違って期待外れだった」になります。

 

苦肉の策のScreenX

 まず先にScreenXという上映形態についての話をさせてください。

 僕は今回「109シネマズ名古屋」という劇場で観たのですが、そこにはScreenXという上映形態があり、こちらで鑑賞することになりました。本作『マイケル』を観るまでScreenXという上映形態は全く認知しておらず、なんとなく都合の良い時間にチケットを買おうとすると2200円もするので「えっ、IMAXでもないのになんでこんなに料金が高いんだ!?」と思ったところ、図らずもScreenXを選んでいたということが分かりました。

 ScreenXが通常の上映形態とどう違うのかというと、簡単に言えば「左右の壁にも映像を映すことで映像への没入感を高めるもの」になります。劇場の前の方に座れば自分の視界がすべて映像で埋め尽くされることになるので、自分がまるで映画の世界に入り込んだような感覚になります。

 …というのがこのScreenXの触れ込みなのですが、僕としてはあまり効果的な上映形態ではないなと感じました。

 まずその理由としては「左右の映像を観ていられない」ということです。左右の壁に映像が映し出されることで確かに映画の世界に入り込んだような感覚になると言えばなるものの、正面のスクリーンの映像を追うのでいっぱいいっぱいで、左右のスクリーン(壁)に何が映っているかを観ている暇がないのです。

 そして「左右のスクリーンには大した映像は流れない」ということ。今回僕は一番後ろの真ん中の席を取ったので、すべての映像を観ることが出来ましたが、これが前方の席を取っていたら当然ながら左右のスクリーンの後ろの映像は観れないわけですよ。ということは物語の根幹に関わるような重要な映像は左右のスクリーンに流せないわけで、そうなると物語的にはあってもなくても変わらない映像しか流れないのです。

 「IMAX同様、全編左右に映像が流れているわけではないので、切り替わり時に意識が削がれる」のもそこそこ問題で、せっかく映画に集中してきたところでバチッと映像が切り替わるとなんか作り物を見せられている気分になるんですよ。それに今回『マイケル』はビスタサイズで映画が作られているので、正面の映像と左右スクリーンのつなぎ目に黒みが入ってしまっていて、それが結構気になったんですよね。

 なんというかScreenXは映画興行側の苦肉の策という感じが全体から漂いますね。本来であれば映画の没入感を高めるにはIMAXのようにスクリーンを縦にも横にも広げるのが一番なのですが、特に縦に広げた場合それに応じて客席を増やせるわけではないのでコストが割高になってしまうわけですよ。なので既存のハコを使いつつそこまでコストをかけずになんかすごいことをやれるシステムとして「左右に映像を流す」をやっているのかなぁと思いました。

 

お騒がせセレブのマイケル

 さて、まだ映画本編のお話に移れないのですが、本作『マイケル』を語るうえでは平成ゆとり世代である筆者がマイケルに対してどのような印象を抱いていたかを話さなくてはなりません。

 自分のような平成ゆとり世代からするとYouTubeが登場してマイケルのMVやライブ映像を気軽に観られるようになるまで、彼がどういった人物であるかを知りませんでしたし、世間的には単なるお騒がせセレブの一人としか認知されていませんでした。

 『スリラー』が世界で一番売れたアルバムという話はうっすら聞こえてくるものの実際に音源を聴いたりMVを観ることも叶わず、マイケルを認知する機会というのもお笑い番組でパロディとして辛うじて登場するときのみ。そこではだいたい鼻が取れたり、なんとなく小児性愛者を匂わせる感じで、ちょっとおかしな人のニュアンスで演じられます。またニュース映像でたまに見かける本人の姿も出てくるたびに顔の形は変わり、裁判所にパジャマで現れたりと、なかなかポジティブなイメージで捉えることは難しかったのです。

 中でもマイケルのイメージを地に落としたのは2003年に放送された『マイケル・ジャクソンの真実』というドキュメンタリー番組です。自分がこれを観たのは子どもの頃なので記憶もだいぶうろ覚えですが、マイケル・ジャクソンの日常を追ったこの番組は、トーンとして「かつて『キング・オブ・ポップ』と呼ばれた世界的な大スターが今ではネバーランドと呼ばれる遊園地のような施設を作り、そこで引きこもって子どもたちと戯れている」というような内容だったかと思います。

 作中のインタビューの中でマイケルが言った「僕はピーター・パンさ」という言葉は象徴的に、かつ、悪意を持って取り上げられていましたが、今でこそいかにマイケルが幼少期に周囲の大人たちによって無理に働かされていたかが伝わっているため彼が子どもという存在になぜ執着を持っているか理解できます。しかし当時の世間的な感覚で言うとひたすらに「大人になりきれない変な人」といった印象が広められました。

 ところがマイケルの死後、今までバッシングしかしてこなかった世間が一転して手のひらを返し「マイケルはいい人」といったムーブメントに唐突に切り替わったのには子どもながらに大変驚きました。これまで散々叩いていたのに、死んだ瞬間にここまで変わるのかと。

 マイケルの死の直後、彼の映像がニュースでも多く流れるのですが、そこで彼がいかに偉大なアーティストであったのか、またそこで初めて彼が黒人であったことを知ったゆとり世代の人間も多かったのではないでしょうか。

 

マイケルである必要のない物語

 さて、ここからやっと映画『Michael/マイケル』の感想に入ってくるのですが、以下ネタバレ全開で語ります。

 率直な感想で言えば「期待していたストーリーではなかった」になります。本作はマイケルの才能を利用してお金を稼ごうとする毒親(父親)から独立するという普遍的なお話になっていましたが、普遍的なお話に収束させたいのであれば別にマイケル・ジャクソンの物語ではなくてもよかったはずです。

 観客が映画『Michael/マイケル』で知りたいのは

  • どうやってムーンウォークは生まれたのか
  • なぜマイケルは『スリラー』であのような画期的なMVを生み出すことができたのか
  • 『We are the world』の企画をどうやって成立させたのか

 などなど、マイケル・ジャクソンしかやっていなかったことの裏側を知りたかったはずです。

 まして『スリラー』は世界で一番売れたCDであり、観客は「世界で一番CDを売るとどういう事が起きるのか」を追体験したかったはずです。

 ところが本作はスカッとするようなサクセスがほとんどありません。ましてやマイケル自体に意思をほとんど感じず、2時間の上映中ずっと父親に虐げられ、伏し目がちにハイトーンボイスの小声でささやくのみ。『スリラー』も「出したら結構売れました」ぐらいのテンション。いやいや、『スリラー』なんてビルボードで何週No.1を取ったと思ってるんだよ。

 ラストの「バッド・ツアー」も唐突に始まるのでカタルシスがありません。ストーリーとしても「マイケルとしては元々こういうツアーをやりたいと思っていた。しかしその実現には父親を切るしかない。そこでマイケルは意を決して父親を拒絶し、ツアーに挑むのだ」といった流れなら分かるのですが、そういうわけでもないですからねぇ。しかもマイケルが父親を切る方法というのが「無視をする」だけなので、あまり状況が変わってないというか。

 何より主人公のマイケルを悪い意味で実直に描きすぎているので、劇中マイケルがずっと精神的に不安定なんですよね。終始伏し目がちで小声なのもそうですが、不安定であるがゆえにアルパカやチンパンジーを飼ってみたり、ピーター・パンの世界に憧れていたりと、あまりにも暗い成分が多すぎるせいでちょっと「ウッ…」となってしまいました。

 またマイケルの実の甥であり主役を演じたジャファー・ジャクソンも、似すぎているがゆえに「いや、やっぱここは似てないな」と思うことが多々ありました。『ボヘミアン・ラプソディ』のときはフレディ役を演じたラミ・マレックがフレディとは最初明らかに似ていなかったため物語に没入していくと同時に「似ているなぁ」と思うようになりましたが、ジャファー・ジャクソンの場合は最初から似ているため、どうしても似ていない部分に着目してしまうんですよね。

 

 本作は『ボヘミアン・ラプソディ』のように思い切って悪い部分はすべて削ぎ落とし、いいところだけを寄せ集めてスカッとする爽快な伝記映画にしてほしかったです。

 事実をねじ曲げなくてもよいですが、悪いところはあえて語らないという手法を取ればかなり面白い作品になったと思うんですけどねぇ。



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