映画館で『テネット』を観てきました。
正直に言うとこの『テネット』、映画館で見ている間は1秒、1フレームたりともストーリーが理解できませんでした。
僕は決して頭がいい方ではありませんが、かといって猛烈に悪い方でもない(はず)。少なくとも監督のクリストファー・ノーランの商業デビュー作である『メメント』は観賞1回目で理解できた程度の映画偏差値です。
家に帰ってからネットで解説記事や解説動画を観てみてやっと理解できたのですが、仮にストーリーが理解できたとしても本作には高い評価を与えられないなと思いました。
今回僕が『テネット』を高く評価できない理由は3つ。
・極度に省きすぎた背景説明
・登場人物のテンションと観客のテンションが合っていない
・時間逆行のギミックが映画的カタルシスに寄与してない
今回はこの3つを中心に『テネット』のレビューを行いたいと思います。
極度に省きすぎた背景説明
まずこの『テネット』は各所でも指摘されているように、あまりにも背景の説明がなさすぎます。
本編開始直後はノーランお得意の「冒頭にド派手なアクションを持ってくる」手法によりオペラ襲撃シーンが描かれるのですが、そこで「主人公がどういう人間で、どういう組織に属していて、そしてこの映画の最終的な目的は何なのか」といったものが一切説明されないのです。
こういったアヴァンタイトルのアクションは観客の注意を一気に映画に向ける目的と、冒頭で簡潔に主人公の説明をするという役割があります。しかし『テネット』ではそれがないので「とりあえず派手なことは起こってるけど、何をやっているかわからない」から観客としてはポカーンなわけなのです。
この時点で観客はだいぶ映画から置き去りなわけですが、こちらが設定を理解する前に更なる追加設定とキャラクターが登場するので加速度的に頭の中は混乱します。そして大して事前に説明されるわけでもなく実行される数々の計画。
物語の序盤に飛行機を無理やり倉庫に衝突させることで貸し金庫から絵を強奪するという作戦があるのですが、これも映画を初めて観たときは一体誰が何のためにこういうことをやっているのかが分からないので、目の前ですごい映像が繰り広げられているものの没入は出来ないのです。
それこそ後で解説を読むと「ヒロインは過去にゴヤの絵の贋作を制作し、それを高値で売ってしまったことで恐喝を受けている。そこで恐喝の原因となっている贋作を盗み出すことでヒロインを救い、信頼を勝ち取るために飛行機を貸し金庫に衝突させた」と分かるわけです。
が、じゃあなんでヒロインから信頼を勝ち取りたいかと言うと、ヒロインの旦那が今回の悪役であり、ヒロインを通じてその旦那と接近したいからなのです。
この「本当は○○したいから、その前準備として××する」というのが『テネット』には非常に多いし、それゆえ観客のストーリーの理解を妨げています。
登場人物のテンションと観客のテンションが合っていない
『テネット』では時間逆行マシンというものが登場するのですが、それが登場しても主人公が大して驚かないのです。驚かないばかりか「前からそういうものの存在は知っていた」ぐらいのテンションなので、我々観客としては「えっ、この時間逆行って『テネット』の世界の中では割と一般的な話なの?」と混乱してしまいます。
これは『インセプション』の時にも感じたことですが、『インセプション』でも他人の夢に入るという行為が割と一般的な行為として冒頭から登場して、見ているこっちとしてはかなり混乱したものです。
ただ『インセプション』ではエレン・ペイジ扮するアリアドネが最若手として登場し、そして「他人の夢に入るということはどういうことなのか」を説明してくれる(説明を受ける)ため、観客も心を落ち着かせる余裕がありましたが『テネット』にはそれがない。
映画は基本的に観客が主人公に感情移入してストーリーを体感するものだと思っています。だからこそ観客が「えっ、これ何?」と思ったときは主人公に「これは何だ?」という反応をしてほしいものです。ただ本作にはそれがないのでどんどんと観客と主人公の間に距離ができてしまっています。
主役のジョン・ワシントンの演技力不足もあるのでしょうけども、彼の演じる「名もなき男」は感情の起伏がなく、キャラクターに奥行きが感じられないんですよ。
彼はいわゆる第三次世界大戦を防ぐための死闘に巻き込まれていくわけですが、なぜ彼が自分の生命を危機にさらしてでも戦いに参加するのが全く伝わってこない。例えばジョン・ワシントンの父親であるデンゼル・ワシントンであればバックグラウンドの説明がなくとも佇まいだけでそのキャラクターがどんな人生を歩んできたかが分かります。
前述の「省きすぎた説明」とリンクしてきますが、一部の『テネット』評では「無駄な状況説明がなく、テンポが良い」とも言われていま。が、僕は「無駄な状況説明がない」ことと「テンポが良い」ことはちょっと違うと思うんですね。
僕の好きな映画で『インファナル・アフェア』という映画があるのですが、冒頭わずか3分で「マフィアに潜入した警察官の男」と「警察に潜入したマフィアの男」の10年分のそれぞれの苦難と成り上がり、それでいて思わずハッとさせるやりとりを描いてます。
テンポが良いというのは短時間で観客が感情移入をするのに必要なドラマを的確に提供することを言うのです。
ギミックがカタルシスに寄与していない
映画のギミックというものはあくまでも観客がストーリーに没入できるようにするための仕掛けでなくてはなりません。
例えばノーランが『メメント』で見せた逆再生ストーリーテリングは10分しか記憶が持たない主人公レナードの体験している世界そのままを観客にも提示するための素晴らしい仕掛けになっていました。
しかしこの『テネット』で提示されている時間逆行ギミックは確かに視覚的な効果は素晴らしい。今まで見たこともないような世界を提示してくれます。ただそれが観客のカタルシスにつながっているようには思えないのです。
まず観客としては時間逆行のルールを理解するのでいっぱいいっぱいで、時間逆行ならではの「その手があったか!」までたどり着けてないんですよ。
ノーランの売りは「説得力のある画作り」と「(ノーランの脳内での)世界観の作り込み」だと思っていて、確かにパッと見の映像や、細部まで考えられたストーリー設定はすごいと思います。ただちょっと深堀っていくとノーランは結構アラの多い監督だと思うのですね。
例えばダークナイトシリーズだって、シリーズ3作通して主人公のバットマンがまともに悪役を倒したことがない。『ビギンズ』ではヒロインが悪役のスケアクロウをスタンガンで一発撃って退場だし、『ダークナイト』もジョーカーを逆さ吊りにして終わりだし、『ライジング』もヒロインにベインを撃ち殺してもらってる。
僕の好きな『インセプション』だって人の犯罪履歴を消せるほどの権力を持っているなら競合相手の企業なんか簡単に潰せないものでしょうか?
画面に猛烈な説得力があるのと、設定が深いおかげで一瞬「すごい映画だ」と思ってしまいがちなのがノーランの罪深いところ。ただよく考えると「それってストーリー的にどうなの?」と疑問符をつけざるを得ません。
よく映画はパズルに例えられますが、パズルはやっぱり最後に壮大な一枚絵になっていないとダメなんですよ。
そのパズルにしてもスタローンやシュワルツネッガーの映画のように、ピースは単純にしておいて一枚絵の迫力で押すのか、一枚絵の迫力はないもののピースを複雑にして、完成したときの爽快感を売りにするのか。
『テネット』はピースの1つ1つを恐ろしく緻密にして、最初は「こんなピース、ほんとに全部ピタッと埋まるのか?」と不安になるのですが、それが最後は見事にハマる。
ただ完成したときの一枚絵があまりにもショボすぎる。
もちろん「ピースをハメる事自体に楽しみを見出してもいいじゃないか!」という意見もあるかと思います。ただやっぱり僕は最後に壮大な一枚絵が浮かんでほしいんですよね。更に踏み込んで「設定を理解できないお前の頭が問題だ」と言われてみても、「だとすればなおさらこの映画は僕の理解の範疇を超えているので、素直に楽しめませんでした」という他ない。
まして僕が『テネット』の解説を読んで大筋を理解して2回目を観たとしても「これは時間逆行ならではのストーリーだ!!」とはならないと思うんですよ。一応ニールとの友情も描かれますが、それは時間逆行でなくても普通のループものでもよくあるオチですしね。
ノーランの前作『ダンケルク』で時間軸操作ギミックを観たときは「それ、時間軸を分けた意味ある!!??」と思ってしまったものです。
『インセプション』ぐらいから無駄にギミックにこだわり始め、『テネット』ではそれが悪い方向に行き過ぎてしまった感があります。
次回作では『インソムニア』のような人間の内面に焦点を当てたシンプルな作品がみたいなと思います。