体験談

もう一つの世界

 「自分の人生で、あの人との出会いや、あのイベントが起きなかったら、今の自分はどうなっていただろうか」とよく考える。

 今でこそ一介のエンジニアとして独り身で食べていくには不自由しなくなったが、Fラン私立大学の文系学部を卒業してブラック企業に入社し、新卒当時はやることなすこと何もうまくいかずコンプレックスにまみれ、将来に希望など何一つ持てなかった。

 自分はたまたま良い人との出会いや人生観を変えるようなイベントに遭遇したしたためどうにか人生を好転させることができたが、何度頭の中で考えてみても「エンジニアとして食えている自分」と「未だに低賃金にあえぎ、スキルもなく将来を悲観し続ける自分」で明確な差がないことに思わずゾッとしてしまう。

 あとひとつでも人生のボタンがかけ違えていれば、今の自分はどうなっていただろうか。

 

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 僕の小・中学校の同級生に広田君という子がいた。

 彼は僕と同じく小学生ながら洋画が好きで、お互い数少ない映画仲間ということもありテレビで映画が放送されれば次の日は学校で感想を語り合うなどして、仲は非常に良かった。

 広田君自身はかなりの努力家であり、成績は非常に優秀。家も裕福で、お父さんは某電機メーカーの部長さんだか役員を務めているとの事だった。また彼の歳の離れたお兄さんも成績は優秀で、更にはイケメンでスポーツ万能。大学は東京の難関校に行ったということを聞いていた。

 ただ広田君自身はそんなお兄さんに比べ、あらゆることに才能がなかった。とはいえ要領や物覚えはあまり良くないことを本人も自覚していて、周りの友人も彼がそんな自身の才能の無さを努力でカバーしようとしていたことを好意的に捉えていた。

 広田君の特筆すべきポイントはその没頭力だ。自分が気になったことは納得するまでとことん突き詰める。
 よく覚えているのは学校での理科の実験で、自分が納得するまでは先生から止められようとも作業を続けようとした。そういった「とことん突き詰める」という性質が彼の圧倒的な強みであり弱みでもある。弱みとして挙げるとするならば人と会話をして気になるキーワードが出てくれば自分が話したいセンテンスを言い切るまでは人の話を聞かないという困った性質も持ち合わせていた。

 そんな彼も中学3年生の受験シーズンとなり、内申点は体育がどうしても伸び悩んだものの、その他の教科はほぼパーフェクト。地域トップ校を受験したが、本番に弱いという彼の悪いところが出てしまい惜しくも第一志望には不合格となってしまったのだ。

 当時は誰もが彼のことを悔しがっていたが、広田君はその後も地道に勉強を続け、更に3年後の大学受験では見事東京の難関大学の理学部に合格を決めたのである。その知らせを聞いた時は誰もが喜んだ。「報われるべき人間がやっと報われた」。彼のことを知る人間はみな異口同音にこのようなことを嬉しそうに言っていた。きっと彼はこのまま努力を続けて研究者になるなり大手企業の社員にもなるのだろう。

 

 一方で僕は高校受験は第一志望に受かったものの、その後高校3年間合わせても100時間も勉強せず、Fラン私立大学の文系学部に進学。就職活動もほとんどせず就職課に勧められるがままに弱小メーカーの事務職に就き、年収300万円にも満たない低賃金にあえぐことになる。

 成果物の出ない事務職では給与も上がらず、スキルも身につかないため転職もできない。かといって仕事が終わってから家に帰ってから勉強するのも嫌。そんな現実を直視したくなく、特に20代中盤は週末になれば友人と名古屋の街でガールハントに勤しむのである。

 友人との休日の遊びが楽しくしょっちゅう名古屋駅や栄に繰り出してはいるものの、自分がいいなと思う子に出会っても結局のところスペックの低さからくる自信の無さでうまくいかず、気づいた頃にはLINEのブロックがかなりの数になってしまった。

 「このまま努力もせず遊んでばっかりいてもダメなんだろうな」と思っているところに本気で好きだった子に呆気なく振られてしまい、スペックを変えることを決意。その後家電製品を作る組み込み系エンジニアに転身し、毎日最低1時間勉強することを決め、同時にジム通いも習慣化することにした。色々と紆余曲折はあったもののそこから3年後には大手メーカーに転職することができ、今に至る。

 

 さて、大学に進学して以降の広田君についてはその行方について誰にも聞いていなかった。というのも難関大学に受かっているのだから僕とは違って当然の如く安定した人生を歩んでいるものだろうと思い、特に気にかけていなかったのである。

 僕は普段ブログに記事を投稿する傍ら、Facebookにもブログと同じような投稿をしている。いや、正確に言えば「投稿していた」というのが正しい表現だろう。内容としてはこのブログに投稿しているものとほぼ同じで、いわばブログの下書きのようなものだ。Twitterよりはカッチリと書き、ブログよりかはラフに書く。Facebookの投稿を元にブログに正規版の文章を上げ、上げ次第Facebookの方の投稿は消すといった具合だ。

 そしてちょうど一年前転職に成功したとき、今まで勉強活動などを含めた総括のような記事を投稿した。ブログで言えばこの記事の下書きのようなもので、「Fラン出身でもコツコツと勉強を続ければエンジニアとして食っていけるようになった」という話だ。

 すると記事を投稿するやいなや一件のコメントが付いた。

 広田君からだった。

 中学卒業以来実に10数年ぶりの再会となるにもかかわらず、挨拶もそこそこに

 「誰もが努力を継続したって必ずしも成果が出るわけではないからね」

 という文章が書かれていた。

 この記事はサラサラと斜め読みをしてしまうと「才能がなくてもコツコツと努力を続ければ夢が叶う」というポジティブな記事に読めてしまうのだけれども、僕が本当に伝えようとしていることは「才能がなくても『やればできる』ことは必ずあるはずなので、それを着実に積み重ねていけば、トップには行けなくとも自分にコンプレックスを感じなくなるぐらいまでのレベルには行ける」というものだ。

 そういった意味では僕が記事で伝えようとしていることと広田君が言っていることは同じなのだけれども、彼が僕の書いた記事を正確に理解した上でそういったコメントを付けているようにはどうにも思えなかった。

 「広田君、久しぶりだね。記事読んでくれてありがとう。必ずしも成果が出るわけじゃないからこそ、成果が出そうなものを選ぶのが大切だよね」

 と当たり障りのないコメントを返すのに留めておいた。

 この返信が良くなかったのかどうなのか、以後広田君は僕が投稿する記事に頻繁にコメントを付けるようになった。

 「何事も真剣にやれば得られるものがあるはず。小中高で熱心にやっていた部活も99%がプロになれるわけでもないけれども、得たものは多かったはずだ」
 →それは低い次元での話でしょ? 生きるか死ぬかの次元で戦えば、そうは思わないよ

 「エンジニアは未経験からでもチャレンジできて、真剣に頑張れば3年で年収が500万円を超える。この先需要は減らないので、他の業界に比べたら遥かに夢のある世界だから仕事に迷う人がいればぜひ挑戦してみてほしい」
 →誰もが一流のエンジニアになれるわけではないよ

 「『世の中才能が全てだ』と言ってみたところでコンプレックスは消えるわけでもなく世間は自分には優しくしてくれないんだから、まずは自分にできることを積み重ねていこう」
 →才能のない人間が無理に努力して上のステージに行ってみても、自身のレベルの低さに絶望するだけだよ

 一事が万事、こんな調子なのだ。

 どうやら広田君なりに引っかかるキーワードがあるようで、ひとたびそういったワードを見ると文脈はどうであろうとネガティブなコメントを付けずにはいられないようだった。

 どのコメントも的を射ておらず反論する余地は多分にあったけれども、心がネガティブになってしまっている人間に対して正論を言っても聞き入られることはほとんどない。重要なのは「自分の考えに基づいて行動し、それによって成果を出している姿を見せる」ことなので、特に反論するでもなく淡々と投稿を続けていたが、ブログの方の投稿を本格化させていたため段々とFacebookへの投稿も減少。途中から広田君とやりとりをすることもなくなってしまった。(といっても向こうが一方的にコメントを残していただけだが…)

 東京の難関大学に進学し、社会的にも成功を収めているであろうはずの彼が一体なぜネガティブなコメントを付けるようになったのか。努力の大切さは彼が一番良く知っているはずなのに。

 初めてコメントを貰ったときに彼のページに飛んでみたが、投稿はほとんどなく、実態はつかめなかった。

 

 そんなある日、詳細は伏せるもののTwitterで広田君のアカウントを偶然発見した。
 ツイートを読んでみると驚くべきと言うべきか、案の定とも言える光景が広がっていた。

 現在の彼は日米のマイナーな女優さんにハマっているらしく、ツイートの8割が女優さんに関するつぶやきやリツイートで埋まっていた。特にこれから売れそうな女優さんに対して長文で出演作品の感想をリプライで送るのが趣味のようだった。
 そして残りの2割が「世の中才能がすべてで、努力をしても無駄」というもの。各方面のネット記事を引用したり、「努力すれば夢は叶う」と発信するアカウントに誰ふり構わずリプライで噛みつくのである。一方で自分が推している女優さんが「努力して必ず有名になります」と言った場合はスルーないし賛同するようなコメントを残していた。

 そんな彼のアカウントの過去のツイートを追ってみると、ところどころ今まで何があったのかが見えてきた。全容をそのまま語ることはなかったが、破片を集めてみると全体像が浮かび上がってくる。

 どうやら彼は大学に進学後、研究者の道を目指し真剣に勉学に打ち込んだようだが、結局その夢は叶わなかったそうだ。自分があらゆるものを犠牲にして勉強に時間をつぎ込んでみても、才能のある別の人間が片手間であっという間に抜き去ってしまう。そういった現実に打ちのめされ、大学院への進学すらも諦めた。この一件もあって精神を病んでしまい、就職もうまくいかない。大学卒業後にしばらくブランクがあったが、結局は資格を複数とり、中小企業の経理兼事務の仕事に就いたようだった。

 彼は今の自分を「負け組」と捉えていたようだった。そんな折に遥か下にいたこの僕がネット上で「やればできる」という論を展開していたのがたまらなかったのだろう。(実際そんなことは書いていないのだが…)
 理系出身であれば就職ではエンジニアになることが多い。広田君は自分がエンジニアの道に行かなかったことに多少なり負い目を感じていたのだ。そこを高校時代も大学時代も全く勉強してこず、文系出身ながら20代後半でエンジニアに転身し、地道に努力を続けたら食えるようになった僕の話は大変に都合が悪い。学歴的にも学力的にも劣るはずの僕がエンジニアになれてしまうのであれば自分は一体何なんだという話になってしまう。

 彼は常に「世の中は才能が全てだ」という話をしていた。

自分が成功できないのはたまたま配られたカードが悪く、自分に"才能"という手札がなかっただけなのだ。今の自分が努力しないのも研究者を目指した大学時代に高い次元の世界を知り、才能のない人間が努力することの無意味さを知ったからで、決して怠惰な訳では無い。

 そう自分に言い聞かせるが如く同じ話題を出しては、他人に噛みつくようなリプライを飛ばすのである。

 

 広田君の現在の姿を見たとき、僕は頭を抱えてしまった。なぜなら今の広田君が数年前の僕そのままだったからだ。

 僕も20代中盤までは「世の中才能が全てだ」ということをよく言っていた。大学時代や新卒の頃に現状を変えようと何度か努力をしたこともあったがことごとく成果が出ず、途方に暮れることがあった。そして自分の頭の悪さに嫌気がさした。「自分は劣った人間なのではないか?」という疑念が常について回った。

 けれどもそんなときにネットを見てみると世の中の大方が才能、ひいては遺伝で決まってしまうという研究結果が出ていた。こういった記事を見たとき、僕の心は救われた。「あぁ、自分ができないのは人として劣っているわけではなく、遺伝的にたまたま運が悪かっただけなのだ」と。

 しかしそうやって家にいてPCやスマホでネットの記事を見ている数時間は心が楽になっても、ひとたび家の外に出れば世間は容赦をしてくれない。そこにあるのはただただ能力の低い20代中盤のサラリーマンだ。カッコよくもなければ年収も高くない自分を世間は「君はたまたま才能がなかったから仕方がないね」と優しく包み込んではくれない。そうしているうちに「このまま文句を言っていても仕方がない」と悟り、スペックを上げることを正面から取り組むようになるのである。

 では今の僕と広田君を分けたものは一体何なのかを考えると、それはひとえに出会った人や起きたイベントの違いだろう。

 まず僕は今までの人生を振り返ってみても「自分は負け組である」というアイコンがそこかしこにあった。それは学歴であったり、年収であったり、女の子からのLINEブロック数であったりと、逆に「自分は負け組ではない」と主張するような根拠が何もなかった。

 かといって自分が絶望的にできない人間であるかといえばそうでもなく、人生の要所要所でかろうじて成功体験があった。特に中学時代は講師やメンバーに恵まれ塾に行くのが楽しくて、曲がりなりにも塾に長時間いたため成績も上がり第一志望の高校に合格することができた。また同じく部活もメンバーが良く、あくまで名古屋市内のレベルだけれどもときおり入賞することもあった。

 これがもしも下手に大学受験でMARCHや関関同立に合格してしまったら、部活でも県大会で入賞するほとの結果が出てしまっていたらずっと「自分は本当はやれる人間だ」というストーリーにしがみついてしまい、自尊心を守るために結果が出るのを恐れて何もアクションを起こさなかっただろう。ガールハントだってあのときの友達がいなければ適当に2~3人からブロックされてそこで心が折れて家に引きこもってしまっていたと思う。
 僕は図らずも負け組のアイコンが出揃ってしまったのと、とはいえ多少なりとも成功体験があったからこそ「やるしかないか」と思うことができたのだ。

 方や広田君は傍から見ても勝ち組のアイコンしかなかった。お父さんは大手電機メーカーのお偉方、お兄さんもエリート街道を突き進んでいる。広田君自身も東京の難関大学に進学して、彼の出身大学を聞けば誰もがひれ伏すだろう。恐らく彼が企業に履歴書を送れば大抵は書類選考を通る。だからこそ彼には「自分は才能がない」と直視する機会がなかった。本人だって周りだって、彼が何かを失敗しようと「まだ本気を出してないだけだ。本気を出せばやれるはずだ」と思ってしまう。

 広田君は小中時代でも自分には才能がないと自覚するような素振りは多分にあったし、今のTwitterでもそれを公言している。しかし公言していることと、実際に自分の中でちゃんと折り合いをつけることには大きな溝がある。多くの人が「自分は頭が良くない」と公言してても他人から「お前はバカだな」と言われると腹が立つものだ。

 だから僕には彼の気持ちがよく分かる。世の中才能が全てと公言するのも、そうすることで自分の至らなさを覆い隠したいからだ。それと相反するかのように才能がモノを言う芸能界において売出中の女優さんを応援するのも、心のどこかにある「努力が才能に勝つ世界であってほしい」という願望の現れなのだ。

 

 女優さんに熱心に出演作品の感想を長文で送るのも、彼らしいなと思う。ただ女性に長文のメッセージを送るのは悪手中の悪手だ。でもそれを一人で気付くのは本当に難しい。

 

 現在の広田君が負け組かどうかは分からない。学歴はあるし、何よりも卒業後ブランクがあったところでアッサリと資格を取得できてしまうのも、過去の積み重ねがあったからだろう。そして今の僕も年収1000万円を超えているエリートサラリーマンになったわけでもなく、あくまで独り身で食べていくには困らないレベルになっただけだ。大きく負けているわけではないが、かと言って勝ってもいない。

 僕と彼を分けたのは、自分ではコントロールできない人との出会いやその時起きたイベントの違いだけだ。お互いの人生が入れ違っている可能性なんていくらでもあった。

 だからこそ「自分の人生で、あの人との出会いや、あのイベントが起きなかったら、今の自分はどうなっていただろうか」と考えずにはいられないのだ。

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