映画館で『パーフェクトブルー』を観ました。
上映時間
81分
オススメ度
星5点満点中:★★★★
ストーリー
「パプリカ」「千年女優」などで国内外で高い評価を受けたアニメーション監督・今敏が1998年に手がけたデビュー作。竹内義和の小説「パーフェクト・ブルー 完全変態」を原作に、アイドルから女優に転身した女性を襲う悪夢のような出来事を描く。アイドルグループを脱退し、女優へと転身を図った霧越未麻。連続ドラマのレイプシーンやヘアヌード写真集など、これまでのイメージを覆す過激な仕事の連続に戸惑いながらも、着実に知名度を上げていく。そんな中、彼女の関係者を狙った連続殺人事件が発生。ネット上では未麻の名をかたって詳細な日記をつづる人物が現れ、彼女は次第にストーカーの影に怯えるようになっていく。漫画家・江口寿史がキャラクター原案を担当。<映画.com>
感想
1998年に公開された伝説的アニメ映画『パーフェクトブルー』(以下、PB)が今回25周年記念ということで映画館でリバイバル上映され、これを機に劇場に観に行ってまいりました。
本作は映画ファンの間ではかねてから伝説的作品として評価が高く、ハリウッドにも大きな影響を与えたと言われます。特に『レクイエム・フォー・ドリーム』『ブラック・スワン』で知られるダーレン・アロノフスキー監督が本作に多大な影響を受けていると言われ、本編を観てみると確かに数多くの類似点があることに気付きます。
さて本作の率直な感想はというと、誰もが傑作とは認める作品ではあるものの、手放しでは称賛できないかな、といったところです。アニメながら登場人物は終始暗い顔をしてストーリー的にもスカッとできません。僕が好むようなエンターテイメント映画ではないのです。ただ本作を観た人であればこの作品を「下らない」と評することは絶対にないと断言できます。現代の映画史に確実に影響を与えた作品であることは間違いありません。現代の映画史を紐解く上で見ておくべき一本ではあるでしょう。
元々はオリジナルビデオ作品(OVA)として制作され、劇場で公開する予定はなかったそうなのですが、作品のあまりのクオリティの良さに急遽公開が決まったとのこと。しかしまぁよくこの企画で採算がとれるとGoサインを出したなと感心してしまいます。予算9000万円なのでVHS1本1万円と考えても単純計算で9000本のセルが必要。原価3割と考えてザックリ計算の採算ラインが2万7000本といったところでしょうか。内容が内容ですのでキャラクターによるマーチャンダイズが行えない。となると本編のビデオセル3万本近い売上でやっと収支トントンなわけですので、このストーリーで3万人の需要があると判断するのはなかなか大したものだなと思います。
本編としては昔からある「夢と現実交錯系」映画となります。この手の映画、キャッチコピーには「夢と現実が美しく交錯する」と書かれたりします。企画としては面白くなりそうなものですが、成功例はほとんどありません。成功例を強いて言えば長い映画の歴史において『インセプション』『ビューティフル・マインド』『ブラック・スワン』ぐらいなものでしょう。失敗例の最たるものとしては『エルム街の悪夢(6) ザ・ファイナルナイトメア』が思いつきます。今ここでパッと思いつくメジャー作品がエルム街の悪夢ぐらいなもので、失敗例はその裏に山程あります。
夢と現実交錯系映画は2000年初頭から末期に多く作られていたイメージがあります。2000年代はデジタルビデオカメラが市場に出回り、フィルムが不要になったことから格段に安く映画を作れるようになり、インディペンデント系が隆盛した時代ですね。大抵はロクな出来になっていないので深夜にひっそりとテレビ放映されるのですが、観てるこっちとしては「あれ、いまいちストーリーが分かりづらいな。深夜枠だからズタボロにカットされてるせいか?」と思って後日レンタルで本編を観てみると何もカットされていなくて愕然とすることがあります。
さて、本作が夢と現実交錯系としてなぜ成功したかというと、要因は2つあります。
1点目は制作者が観客の感情を完璧にコントロールできていること。
歌と踊りのアイドル活動に未練のある未麻は事務所側から過激な仕事を求められ、段々と幻覚を見るようになります。観客は未麻の本当の姿と、未麻が見ている幻覚の区別がつかなくなります。「あれ、今自分は夢と現実どちらを観ているんだろう?」と混乱しては小気味よく種明かしがされていくので「疑問→解消」の快感が波状攻撃のように襲ってくるのです。制作者側が「この映像を流すことで観客は混乱するだろう」と「これ以上やると理解が追いつかなくなるだろう」のギリギリのラインを良く分かってるんですよね。
ダメな映画はそのライン取りが曖昧で、夢の世界ということでルール無用な映像を流してしまうのです。だから観客は意味が分からなくなり段々と映画から心が離れていってしまう。本作PBでは「なぜ未麻はこういった幻覚を見てしまうのか」という裏付けが非常に明確です。だから観客は振り落とされない。
2点目は、話のベースが芸能界の内幕モノというしっかりした根幹があること。
このPBはサイコスリラー映画としながらもベースのお話は「アイドルを夢見た少女が事務所から女優業を強制され、嫌々仕事をこなしていく」という割とあるあるな業界内幕モノなんですよ。僕はこの映画を観ていてどちらかといえばサイコ要素よりも内幕要素に惹かれました。例えば未麻が写真集の撮影と言って現場に行って見ると半ば騙し討ちのような形で「実はそこはヌード写真集撮影でした」と明かされるシークエンス。トイレに立て籠もり必死の抵抗をするものの、結局は撮影を強行されてしまう。
これ、日本の映画業界でも結構ある話なんですよね。昭和の大監督が回顧録で女優を脱がせた話を自慢気にしていたりして、何も知らない女優に無言の圧といいますか「お前が脱がないから撮影がストップしているんだぞ」という雰囲気を作り、しぶしぶ脱がせると。「実際に芸能界の現場ではこういうことが日常茶飯事なんだろうな…」と暗澹たる気持ちになりました。
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この映画を観ていて一番ゾッとしたのは、夢と現実が交錯してしまうのは割と自分たちにも無関係ではないんだなと思ったことです。
というのも以前ブログにも書いた通り、僕はかつてTwitter上でネカマをやっていました。映画好きな新卒OLの設定で、当初は映画の感想をポツポツとつぶやいているだけでしたが、途中「男の生きづらさ」みたいなものをツイートするとそれが小さなバズを生み、段々と男ウケするツイートが増えていきます。男性からの好意的な反応が増えるに連れて当初感じていたネカマとしての罪悪感も「設定は嘘でも自分がツイートしている内容は本物だし、それで誰かが喜んでいるのであれば問題ないのでは?」と思うようになり、段々とネカマとしての自分と本当の自分の境目がわからなくなっていきました。少し前に京大卒で白人の奥さんと一人娘がおり、日本がジェンダー的にいかに遅れた国であるかを説くアカウントが「京大卒でもないし、奥さんも娘もおらず、定職にも就いていないらしい」と明らかになってしまう事件がありましたが、僕は彼の気持ちが分からなくもないなと遠巻きに眺めていました。
他にも、皆さん誰しも"鉄板トーク"があると思います。僕はここ数年初対面の人に対してかなりの確率で披露する「初めての合コン」というネタがあります。初対面の人に話すゆえにエピソードをカットしたり、登場人物を整理したり、一部の動作を過度に強弱つけて話したりします。別にそこに悪意は何もなく、初対面の人に事実関係をそのまま伝えても面白くないし、何よりも尺が無駄に取られてしまう。ということで色んな人に話して反応を見るうちにトークがよりシャープになっていくのですが、先日ほぼ無意識で過去に「初めての合コン」ネタを話したことのある人間に、同じネタを披露してしまうという一幕がありました。そこで相手から「あれ、そんなテンションの話だったっけ?」とツッコまれたりしたのですが、自分でも話しているうちに何が本当のことだったか分からなくなってしまうんですね。
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本記事の冒頭でもお伝えした通り本作はサイコスリラー映画でありスカッとするエンターテイメント作品ではないので万人にはオススメできませんが、映画史に残る一本であることは間違いないので、もし興味のある方はぜひ鑑賞してみてください。