体験談 考え方

収入が増えないのは誰のせいなのか

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 僕はここ数年どれだけ忙しくても毎日1時間以上勉強するのを日課にしています。他にも最低週イチのボクシングジム通いや定期的なブログ更新などを継続していて、「続ける」ということに関して人よりも少しだけ長けている自信があります。そうすると他の人からたまに「どうやったらそんなにも続けられるの?」と聞かれるのですが、僕は毎回「本気で惚れてたオネエチャンに付き合って3ヶ月で逃げられたら誰でもできるようになりますよ!」と答えています。

 しかしこの回答は半分不正確です。確かにガチ惚れしていたオネエチャンに逃げられたことは本当ですし、それをトリガーとして本格的に勉強を決意したのは間違いありませんが、それが主たる要因ではないのです。僕が「勉強できるようになったキッカケ円グラフ」を作成するのであれば「項目:オネエチャンに逃げられた」は一番大きいパーセンテージを占めるのですが、他にも僕を勉強に駆り立てた要因は無数にあります。しかしそれをいちいち説明するのはあまりにも時間が掛かるし、質問してきた人も望んでいないことですので、ワンフレーズで簡単に「女に逃げられたんです」と説明します。そうするとほぼ100%の人が納得したかのような顔を見せてくれるのです。

 僕が勉強、もしくは長期的な努力をできるようになった大きな要因として「高校時代の親友にやんわりと苦言を呈されたから」というものがあるのですが、今回はその話をします。

 僕はFラン私立文系大学から新卒ではサービス残業100時間を強要されるようなブラック企業に入社したのですが、給与は勤めていた3年間で額面20万からほとんど昇給せず、それに対して僕はいつも不満を漏らしていたのです。僕の親友に名古屋大学&大学院の工学部を卒業し、東京の大手IT企業に入社した川北という男がいたのですが、彼は本当に優しい男で社会人になってからも定期的に名古屋に帰ってきては僕と飲みに行って愚痴を聞いてくれていたのです。

 それが社会人になって3年目に入ったぐらいのところで、いつものように居酒屋で「俺の会社は給料が安い。昇給もしない。だけど川北は大手企業で給料も高くていいよなぁ~」という話をしていたのです。すると彼はいつもと違って

  • 東城、お前はいくら給与が欲しいのか?
  • お前の今の売上はいくらなのか?
  • 希望給与額に見合った実績やスキルがお前にはあるのか?

 と、やんわりと苦言を呈してきたのです。

 僕自身、今までこういった「お前の給与が低いのはお前の努力不足だ」「不満があるなら転職しろ」と言った自己責任論は色んな人から投げかけられていました。しかしそのたびに「自己責任論は求めてね―んだよ!!」と聞き入れることはありませんでした。ですが今回川北は僕を傷つけまいと回りくどく回りくどく、丁寧に丁寧に気を遣って話をしてくれたのです。僕はこのときの川北の態度がものすごく心に刺さって「あぁ、現状に不満があるなら自分で努力しないと大切な友人にここまで気を遣わせてしまうのだなぁ」と反省したものです。(反省はしたもののその直後から努力ができるようになったわけではないのですが)。恐らくもっと直接的に苦言を呈されていたら何も響かなかったことでしょう。

 この一件以来ずっと心がボンヤリとしたままになっていたのですが、その後に冒頭で書いた通りガチ惚れしていたオネエチャンに逃げられたことにより「今のまま自分の魅力が低いままだと、次に本気で惚れる子が現れてもまた同じ結果になってしまう」「現状を変えないと周りに気を遣わせてしまい、対等な関係でいられなくなる」と思い至り「…勉強するか」となったのです。

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 なぜ今回このような話をしたかというと、Twitterでこんな投稿を見たからです。

 数日前の「図書館司書の給与が低すぎる」というニュースに対するブログ記事でも言及した通り、給与を増やしたい、収入を増やしたいのであればそもそも売上が伸びていなければ物理的に不可能なのです。「目の前の仕事を黙々とこなすだけで定期昇給がある」のは理想的な世界ではありますが、そのためには売上の増加ないしは業務の効率化による生産性の向上が必須です。売上が上がっているのにそれが資本家や経営者が結託して従業員にお金がりてこないのであれば政府の介入の余地もありますが、そもそも原資がない状態では配るものも配れません。

 もちろん国民の給与、ひいては生活の質を上げるのは国および国会議員の仕事です。とはいえ「国は俺たちの生活を何とかしろ!!」と叫ぶよりかは自分で努力したほうが解決にかかる時間は早そうです。これは自己責任論とかではなく「国に対して不満を漏らすのに時間を費やす」よりかは「国に見切りをつけて自助努力に時間を費やす」方が、現状勝率が高いのです。そりゃ僕だって自助努力を勧めることなんてしたくないですよ。でも「どしたん、そんな暗い顔して。俺で良ければ話聞くよ? えっ、給料が低い? あーそりゃ国が悪いわ。俺ならそんな思いさせないのに。」なんて言って善人面して結局解決策を出さないのもそれはそれで違うじゃないですか。

 日本や世界各国の歴史を見ても、日本の1950年~1970年代の高度経済成長のような目の前の仕事をガムシャラにやっているだけで豊かな生活が送れたという時代の方がイレギュラーなんですよね。終身雇用や定期昇給がこの時期以外の日本内外であったかといえば無いわけですし、また高度経済成長期の政府の政策が優れていたかといえばそういうわけではない。あの時期は色々な追い風があってたまたま日本が好景気に沸いていた。

 こういう事を言うと「努力をしても報われない人もいるんですよ!!」という声が聞こえてきますが、気持ちはわかります。どちらかといえば僕も努力してもあまり報われてこなかった人間です。僕と同じ会社の後輩は天才型で、1聞けば10を理解してしまうタイプ。先日もIT系の難関資格であるエンベデッドシステムスペシャリストという試験を受けに行って、全く勉強しない状態で合格したようです。僕なんかは目の前の業務にヒーヒー言って毎日夜10時帰りで、そこから眠い目をこすりながら何とか頑張って勉強してみても箸にも棒にもかからない状態なので、後輩の姿を見ていると嫌になってしまいます。…でもだからといって行動しなくてもいい理由にはならない。

 世の中努力の遠近感を誤って捉えてしまう人が多く、「努力しましょう!」と言うと仕事をやりながら1日5時間も6時間も勉強する姿を想像してしまうみたいなのですが、そうじゃないんですよ。別に1日1時間ぐらいの勉強でいい。というよりかは1日1秒以上やれれば最初はそれでもOKです。あくまでも昨日より今日、今日より明日の自分の方が能力が上がってる。それぐらいでいいんです。ここまで散々 "努力" というフレーズを使っておいて申し訳ないですが、なんかこう、"努力" っていう字面自体がやる気を削ぐじゃないですか。

 僕も勉強を開始した当初は「まずは毎日机に向かって1時間座る」ことから始めましたし、机に座ってもスマホを触りながらガンガンにながら勉強をしてました。というより今もしてます。なので毎日1時間以上勉強してると言いつつも正味の勉強時間なんて30分もあったらいいとこです。でも社会人が誰に言われるでもなく自分の好きで勉強してるのですから何でもいいでしょう。形に拘って勉強時間が0分になってしまうのなら、正味の勉強時間が30分になろうともながら勉強で良い。

 そうやってとにかく続けることにこだわっているとマイクロオフィススペシャリストやVBAエキスパートの資格も取れて工数もゴリゴリと減らせるようになったし、英語の勉強してTOEIC875点が取れると海外のサイトやYouTubeをそのまま読み聴きできるようになりました。簿記3級も取得できて企業の決算書も読めるようになったし、FP3級にも挑戦して資産運用にも取り組んでいます。

 「お前は有能か?」「仕事はできる方か?」と問われれば全力で否定しますが、それでも昔に比べるとできるようになったことが沢山増えて、僕は今の生活に満足しています。

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 僕は20代中盤までは愚痴の多い人生を送ってきましたが、もしあのとき川北がやんわりと苦言を呈してくれなかったら自分の人生はどうなっていたかなと考えます。「高い給与がほしいのであればそれに見合った売上がなければならない」という考えが身についたおかげで努力することがそこまで苦ではなくなりました。…そう考えると僕は本当に運が良かったですね。

 1日1時間を毎日続ければ1年間で300時間以上になる。300時間というと全くの未経験者が宅建の資格をとるのに必要な時間と言われています。不動産業を行うためには各拠点に必ず宅建の資格保有者が必要なので、宅建を取れば少なくとも低所得というところからは抜け出す足がかりになるのです。1日1時間で年間300時間の努力量が「絶望的だ」と嘆く人はさすがにいないでしょう。

 今までずっと他責思考だったものを自責思考に切り替えるのはものすごくパワーのいることです。でも収入が増えないのは誰のせいなのか、そしてどうすれば収入が増やせるのかを正しく認識すれば、努力することはそこまで難しくないはずです。

 やれるところから始めていきましょう。

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